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子供の防犯で有名な清永賢二先生と対談しました

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セコムの舟生です。

子供の防犯で有名な清永賢二先生と対談しました今回は、日本女子大学 人間社会学部 教育学科 教授で総合研究所 市民安全学研究センター長の清永賢二先生に子供の防犯についてお話を伺いました。
ご専門の研究分野は、犯罪行動生態学、子供の安全、防犯、非行少年、地震と幅広く、最近では東洋経済新報社から『防犯先生の子ども安全マニュアル』という本を出版されています。

* * * * * *

■ 不審者の見分け方 清永先生:『防犯先生の子ども安全マニュアル』をつくったのには想いがありましてね。セコムさんでも『白いおばけのスー』を出していますね。なかなかおもしろい本です。あれは低学年の子供用の本ですか?

舟生:そうです。子供があまり気負わずに、楽しく読めることを意識して作りました。そして大人用の解説本を別冊として付けています。

清永先生:近年、防犯マニュアル関連の本がいろいろと出始めましたが、どれも防犯について断片的なんですね。子供の発達を追いかけていくというよりは横切りにして繋いでいっているという形で一貫性がないのではと感じます。おそらくセコムさんのことですから、そんなことはちゃんとわかっているよと言われそうですが、どうも断片的で、その場その場の対応策の話になっている。
もう一点気になるのは、科学的というか、評論的で根拠のないことが多い。例えば「危ない人を見たら逃げなさい」というのは典型的な言葉ですが、これは科学的根拠のない言葉なんですね。「危ない人はどんな人か」という定義がしっかりなされていない。それを突き詰めていくと「変な人」はだれか、という話になりますが、変な人というなら、皆、変な人なんです。つまり変な人というのは、その人は「違う」ということだと思います。
この「違い」というのは、考えてみれば私どもの言葉で個性といいます。個性があるから例えば「愛」が生まれるわけで、皆同じ人なら愛なんか生まれるわけがないのです。違いがあるというのは人間であることの前提なんです。だから「変な人がいるから逃げろ」というのは「だれを見ても逃げろ」という話になってしまう。そういう子供が大きくなって日本の社会をつくっていく時に、どういう社会が出来上がってしまうだろう。そういう根本的な疑問があったわけなんです。

舟生:そこで、変な人とはどういう人をいうのか、科学的にきちんと定義しようということになったんですね。

清永先生:そうです。「不審者を見たら逃げろ」という曖昧な指示も科学的にきちんとしようじゃないかということになったのです。『防犯先生の子ども安全マニュアル』は低学年用の子供の防犯について書いてありますが、非常に単純に書いてあり、(内容も)皆さんと同じようなことも書いています。
しかし、その下には積み重ねられたもの(根拠)があるのです。こんな話があります。
大泥棒がいてその人が町を狙っていたんです。その時、「あの人、おかしいね」と初めに気づいたのは町の人だったそうです。なぜ、おかしいと思ったかといえば、その人は作業服を着ているのに、腕には高級時計をしている。それは似合いませんね。また逆に、よそ行きの格好をしているのに足元は軽い靴を履いている。これも似合いません。そういった似合わない格好をしている人は「どこか変だな」と引っかかっていきます。変な人とは、その場所・その時・その人に似合わない人のことをいうわけです。どこか「変だな」と引っかかっていくわけです。

舟生:その場、その時、その人に似合わない。それが「変な人」の基本なんですね。

清永先生:そうです。例えば、この「変な人」を基調に、さらにあなたや周囲に対して、視線を動かさず(物色するかのように)じっと見る、チラチラ見る動きをする。そういう人は変な人からさらに進んで「怪しい人」になる。さらに、この怪しい人がさらに進んで「あなた!」と自分を目指して近づいてくる。こうなると、この人は「危ない人」になる。手に凶器を持っている、いかにも何かをしそうに見る、これらも「危ない人」です。この「危ない人」を前にしたとき、ともかく一生懸命逃げなければなりません。そうでない、第1段階の「変な人」の段階では、一寸注意すればよいので、逃げる必要はないのです。

舟生:不審者という言葉にひとくくりにされてしまっていますね。私も住んでいる市の不審者情報をメールで受け取っているのですが、「子供が声をかけられました」みたいな情報がたくさん入ってくるわけです。(知らない子供に)声をかけたら悪い人、みたいな言い方になってしまっているので、それはどうなんだろうとは思っているんです。

清永先生:ある意味、現代社会というのは、情報化のなかで、大人も子供も「常に不安に怯えている」「怯えさせられている」不幸な時代ですよね。

舟生:子供に「こんにちは」とか、声をかけづらい感もあります。私はマンションに住んでいます。(防犯のためにも)できるだけ挨拶をしたほうがいいという私たちの調査結果にもありましたので、マンションですれちがう子供たちに「こんにちは」と声をかけますが、声をかけられて引くお子さんたちもいるんです。声をかけるのも難しい時代なんだなと常々感じています。

清永先生:「声かけは大切だ」と言いながら、一方で声をかけた者に対して、ある意味の不信感みたいなものを挙げられる。

舟生:変な悪循環が出てきていますね。先生がおっしゃるように、ある程度きちんとした段階的な判断基準などがあると、いろいろやりやすいんだと思います。「不審者を見たら走って逃げろ!」というのは漠然としすぎています。


■ 子供に体感させたい4m・6m・20mの距離感
子供の防犯で有名な清永賢二先生と対談しました清永先生:犯罪者というのは、最初からやる気満々に走っていくというのはいないんです。15年前になりますが、「犯罪者100人に聞きました」といった感じで、いろいろな犯罪者に調査を行ったことがあります。それでわかったことは、どんな犯罪者でも基本的には変わらないということです。彼らは非常に合理的なんです。いかにうまくやって、うまく逃げていくかに関しての論理は一緒なんです。泥棒であっても、性犯罪であっても、粗暴犯であっても、行動は空間によって決まる。例えば心(犯罪者心理)も空間によって変化して行きます。

舟生:空間ですか?

清永先生:例えば犯罪者がどの位の距離から犯行意志を固めるかの問題があります。
「被害者=子供」と全く面識関係のない加害者が襲いかかる状況を想定してみましょう。その時、加害者の多くは、ターゲットの距離から500mのところからスタートします。
犯罪というのは情報産業であり隙間産業なんです。この隙間のことを「死角」という。死角には、場所の死角、時間の死角、心の死角、人の死角があります。まずは500mの地点でこの隙間=死角の多い子供を探す。つまり、加害者の最初の行動は「良い獲物」探しなのです。性犯罪者でしたら、町をぶらぶらと歩きながら「あ~、今日はやろうかな」「いい子はいるかな」「好みの子はいるかな」といった感覚で歩いています。さらに歩いているうちに段々気持ちが高ぶってきて「やろう!」という気になります。それは被害者の手前200mくらいのところです。その段階になると、良い獲物=被害者=子供の存在も気になると同時に、周囲の状態を気にするようになります。「見咎められないだろうか」と犯罪者は確認するわけです。そしてさらに、周囲に自分を「見咎める人」がおらない状況があると、いよいよ犯罪者は最終的な行動、つまり獲物=子供に飛びかかる行動を起こす準備にかかるわけです。この段階での距離は、被害者の=子供の手前20mほどです。

舟生:この時点で子供がひとりで歩いていたら、次の行動に移すわけですね。もし、だれかが見ていた場合はどうなりますか?

清永先生:もし周囲にだれかがいて自分のことを注視し、見咎められそうであると判断した時には中止します。
この20mの距離では、犯罪者は、「良い獲物」「見咎められ」をもちろん気にします。でも、そういった気持ちは、既に200mの段階でクリアーしています。むしろ、最終的な20m段階で本当に気になるのは「やりやすいか」ということなのです。やりやすいというのは「近づきやすいか」と「逃げやすいか」です。
具体的にいえば、近づきやすいというのは、隠れやすい、入り込みやすい、標的が必ずそこを利用するといったことです。逃げやすいというのは、迷路性が高い、見ている者がいない、知っている者がいない、追いかける者がいない、障壁がないということです。それから、本当にごくごく最近ですが、超ベテランの元犯罪者を調査していて分かったのですが、この「近づきやすい「逃げやすい」に加えて、どうにも表現しにくい「イメージ」という第三の行動要素があることも分かってきました。この点は、現在、厳しく詰めているところです。ともかく、20mの地点で犯人がやりやすいと判断したら、犯罪者は犯行意志を固めます。

舟生:20mですと、まだ距離がありますね。犯人の行動はどのように変化していくのでしょうか?

清永先生:最初は「よし!やるぞ」と考え獲物=子供を見据えます。そしてグッとやる気が高まる。まるで飛行機が滑走状況に入るようになります。ぐんぐんとスピード=やる気を高めます。そして6m手前でこのやる気は頂点に達します。これは犯罪者であれば、性犯罪でもひったくりでも泥棒でも同じです。そして6m手前から一気に飛びついて行きます。

舟生:なぜ6mなのでしょうか?

清永先生:犯罪者は、6m手前から一挙に飛びつけば、子供がどう方向を変えて逃げようとも捕まえられると判断するんです。逆をいえば、子供は6m手前で逃げなければ、逃げるのが難しくなります。

舟生:6mといえば、子供にとってまだまだ遠いなと感じる距離ですね。

清永先生:大人だって遠いですよ。本当のことをいえば、20m手前の人間を注意して見ておかないといけないんです。20m前にどんな人がいるのかを注意し、6m前で鼻息を荒くして飛びかかってきそうな人間がいれば、即、逃げなければなりません。

舟生:なるほど。では不審者に追いかけられた時に、どこまで逃げればいいのでしょう。

清永先生:どこまで逃げれば犯罪者が諦めるかという論理もちゃんとあるんです。3mや4m逃げて追いつけなくても、犯罪者はまだまだやる気満々です。子供との距離が8~10m位距離が開いて、やっと「無理かな」と思うようなります。

舟生:では、どのくらい逃げれば安全といえるのでしょうか?

清永先生:子供が20m先へ逃げてしまうと完全に諦めてしまいます。つまり、20m逃げ切れる力を子供に付けさせなければなりません。ですから、大人と競争して20m逃げ切る力がない限り、逃げ切れない部分は周囲の大人がカバーしてあげなければいけません。幼い子供ほど20mは逃げ切れない。「小さな子供から親は目を離してはいけない」というのは、ここからきているのです。

舟生:小学生なら逃げ切ることができますか?

清永先生:我々は実際に子供たちに走ってもらい調査を行いました。子供の4m手前から大人が追いかけ、子供には必死で20mまで走って逃げてもらいました。結果ははっきり出ましたよ。1~3年生までの子供がランドセルを背負って逃げた時には、全員追いつかれてしまいました。しかし、6m手前からだと逃げ切れました。

舟生:ランドセルがなかった場合にはどうですか?

清永先生:ランドセルがなかった場合、子供の4m手前から大人がスタートしても、20mを逃げ切りました。1~3年生で男女とも同じ結果です。逆にいえば、何も持っていない場合、4m前から走らないと低学年の子供は逃げ切れません。ランドセルを持っていれば6m手前で走り始めないと追いつかれてしまうんです。この子供が走って逃げる感動的なビデオを作っています。

舟生:登下校中、子供たちはランドセルを背負っていますね。

清永先生:そうです。ですから「ランドセルを背負っている時に襲われそうになったら、ランドセルを捨てなさい」そういう教育訓練をしなければならないのです。捨てて逃げることが重要です。荷物は行動を非常に制約するんですね。大きな子供や大人であれば、荷物を相手の顔をめがけて投げつけて逃げる。人間というのは、顔をめがけて飛んできた物に対して瞬間的によけるんです。その0コンマ1秒というのが逃げる場合には大切なんです。

舟生:子供がランドセルを下ろす時間を考えると、背負って逃げたほうが早いように思いますがいかがでしょうか?

清永先生:それでは20m逃げ切れません。大切なことはストンと落とすんです。これは事前に練習をしておかないとスムーズにはできません。だから教育訓練が必要なんです。ランドセルを背負って走ってみるとわかりますが、ランドセルはとても揺れるんです。体が小さい子供ほど、この揺れが(行動に)響いてきます。

子供の防犯で有名な清永賢二先生と対談しました舟生:そうですね。ランドセルを背負って、全速力で走るのは絶対に無理ですね。今日、家に帰ったら、早速、子供に話して聞かせ、(ランドセルを)スルッと落とす練習をしようと思います。ランドセルを投げるのというのは小さい子供には難しそうですが、ランドセルを捨てて逃げる動作は、ぜひ子供たちに実践してほしいです。

清永先生:ランドセルを外すことができなかったら、手に持っているものだけでも捨てると違います。それから、「相手との距離が6mないと、あなたは追いつかれますよ」ということは、子供に教えておいてよいと思います。「4mとはどのくらいの距離だろうね」「6mってどのくらい離れているんだろう」と子供と一緒に距離を測って体感させてあげる。体感距離をきちんと子供に教えてあげることが大切です。今の子供からはこの体感距離が失われているのです。

舟生:言葉で教えても、なかなか感覚がつかめませんからね。

清永先生:急に教えてすぐにできるものでもありません。そこで、私は「0歳からの子供の安全教育カリキュラム」というものをつくりました。そのカリキュラムは子供の「安全基礎体力」を育て形成して行くものなのです。単なる本当の体力だけではないのですよ。自分の安全を大切にする心も友達とスクラム組む力も、安全基礎体力です。子供の発達段階に応じて「安全基礎体力」を作りあげて行く安全教育は絶対に必要です。この安全教育は、子供がゼロ歳の時から始まります。私たちは、発達を踏まえた安全基礎体力づくりの「安全教育カリキュラム」の試作をつい最近作り上げたところです。これからは、安全は「教育」だと思います。

舟生:私も子供の発達に応じた安全教育は必要だと思っています。

清永先生:「大声を出せ」と言われても、大声ってなかなか出せないものです。一度でいいから、体が折れ曲がり、震えるほどの大声を出す練習をしてほしいです。防犯ブザーは付けているだけでは役立ちません。また防犯ブザーを鳴らしただけではだれも駆けつけてはくれません。防犯ブザーが鳴っても「また、子供が間違って鳴らしたかな」程度にしか思わないでしょう。防犯ブザーを鳴らしたら、同時に身振り手振りを使って危機を周囲に知らせる、大声をあげるなど、さらに視覚や聴覚を加えて訴えることが必要です。それに、大人に後ろから抱きつかれた時に、はたして防犯ブザーが使える場所に付いていますか?(使える場所に防犯ブザーが付いていないと)とっさの時には意味がありませんよ。

舟生:うちの子供にも、何かあったら大声を出すようにと指導していますが、いざとなったら声が出せるかどうか。そういった不安はありますね。

清永先生:子供には、キッパリやることの大切さを教えるべきだと思います。間違ってもいいからやりなさいと教えなければなりません。犯罪に巻き込まれた多くの子供たちは「何かあったら声を出しなさい」とは教わっています。しかし、実際に声が出せない子供は少なくないのです。犯罪に遭ったことすらだれにも伝えられないお子さんがいます。子供たちはどこかで「間違ったらどうしよう」「違っていたらどうしよう」「怒られないかしら」という気持ちになってしまうのです。

舟生:「間違ってもいい」「躊躇しないでキッパリとやる」これは大切なことですね。うちの子供にも、もう一度、話をしておこうと思います。

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防犯先生の子ども安全マニュアル

■ 著 者 : 清永 賢二
■ 発行元 : 東洋経済新報社  
■ サイズ : 四六判 
■ ページ : 160頁 
■ 価 格 : 1,000円(税込) 

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2008.10.29

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