本当に家がベスト?「看取り」をどこで迎えるか

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本当に家がベスト?「看取り」をどこで迎えるか

こんにちは、セコムの武石(たけいし)です。

自宅での看取りをテーマに「セコム訪問看護ステーションくがやま」の小川幸子さん(写真右)と、「セコムケアステーション千歳烏山」の山内麻衣さん(中央)に聞く自宅での「看取り」。自宅での「看取り」について、「セコム訪問看護ステーションくがやま」の副所長である小川幸子さんと、「セコムケアステーション千歳烏山」の管理者である山内麻衣さんとの座談会をお送りしています。

これまで「自宅での看取りは難しい」と考えている介護家族の方に向け、看取りの場面でどんなことが起きるのか、どのような心構えが必要かといった話や、自宅で看取りを決めた際に、どんな準備が必要かを具体的にお聞きしました。

自宅での看取りを視野に入れた介護では、心が揺れ動く場面が何度か訪れるものです。
特に死期が近づくと身体にいろいろな異変が起きますので、「入院したほうが良いのではないか」「病院で最期を診てもらったほうが安心できるのではないか」と思うことがあると思います。

今回は、終末期における「病院」と「自宅」の違いをテーマに話をまとめました。

また最後に、ご自宅での看取り介護を経験されたご家族のエピソードをご紹介します。
ぜひご一読ください。

● 自宅なら最期のときを自分たちのペースで過ごせる
武石:私は病棟勤務の看護師としても、患者さんの看取りを経験したことがありますが、病院に通い詰めるご家族の疲労感が印象に残っています。

小川:面会時間も限られています。
帰るときは後ろ髪をひかれる思いですし、帰ってからも気がかりですね。
いつ亡くなるかわからない状況で連日病院に通うのは、精神的にも肉体的にも消耗すると思います。

看取りでは、疲れを溜め込みすぎないようにするのが大切です。山内:ご家族が疲れを溜め込みすぎないようにするのが看取りでは大事なことです。
今日亡くなるかもしれないし、1カ月後かもしれない。
先の予測が難しい状況で、看取る側がコンディションを整えやすいのは、病院よりも自宅だと思います。

小川:自宅なら、介護している家族も疲れたら自室で横になることもできますし、気分転換にテレビを見て、それからまた介護をすることもできます。
身なりを気にする必要もありませんから、介護する人がパジャマでいても良いですし、病院と違って面会時間があるわけではないので、日中は来られないお孫さんや遠方の親戚など、会っておきたい人と会うことができるのも自宅で過ごすことの良い点です。
自分たちのペースでリラックスしながら、介護を続けられるのが自宅での看取りの良さだと思います。

山内:病院ではすべてが時間で決められています。
食事のメニューも管理されていますが、家ではそれがありませんよね。
寝る時間も起きる時間も自由です。
朝からケーキを食べても、お酒を飲んでも、誰にも気兼ねがありません。
夜遅くに帰ってきたご家族と、話をしながら軽食をつまむことだってできます。

小川:自宅は、それぐらい自由だということ。
病院で「これしかない」という過ごし方をするのと違って、自宅ではご本人の希望を叶えることができます。
看取る側にとって、「これもできた」「これもやってあげられた」という喜びの積み重ねは、大切な人の死と向きあうにあたって強い支えになることでしょう。


● 家族のコンディションも考慮して「最期の場所」を選ぶ
武石:自宅で看取ることを決断するご家庭がある一方、「自宅で看取るのは難しい」「病院のほうが安心できる」という方もいると思います。そのような考え方は、どう思いますか。

ご本人の意思を尊重することも大切ですが、ご家族が無理なく看取りができることも同じくらい大切です。小川:いつでも医師や看護師に助けを求められる環境で、心置きなくご本人と過ごしたいという方にとっては病院のほうが安心できると思います。
いずれにしても、ご本人の意思を尊重するのが最善です。
ただ、ご家族が無理なく看取りができることも同じくらい大事なのではないでしょうか。

山内:自宅での看取りが増えてきてはいますが、自宅か病院か決めきれずに悩んでいるご家族は少なくありません。
ご家族には、「どちらが心穏やかにいられるか」を考えてみてはいかがですか?とお伝えしています。
看取りとは、大切な人とお別れをするまでの日々を過ごすことです。
どんなに強い人でも、平常心ではいられないと思いますし、心身のエネルギーも消耗します。
だからこそ、看取る側が精神的な安定を保ちやすい環境を選ぶことが必要だと思います。

小川:自分にできるかどうかと不安を感じている方には、「あまり気負いすぎないで」とお伝えしたいです。
人は生きてきたようにしか最期を迎えられないもの。
懸命に介護しても心が通じないこともありますし、良い感情ばかりではない場合もあるでしょう。
自宅で看取るにあたって、無理をする必要はありません。
あるがままの姿を受け止め、ご本人とご家族がこれまで過ごしてきたように日常を暮らしていければ、それで十分だと思います。
自宅で看取ることを重く受け止めすぎないでください。
どんな状態でも、家族と過ごしたほうが、ご本人らしい最期を迎えられるはずですから。

山内:看取りに限らず、介護そのものが大変なことだと思います。
でもひとりでがんばらなくても大丈夫です。
在宅介護は、訪問診察医や訪問看護師、ヘルパーなどさまざまなメンバーがチームになって支えています。
大切な人を看取る苦労や悲しみをご家族だけで抱えるのではなく、どうか在宅介護を支えるチームと話してください。
在宅介護に関わるチームが介護家族の悩みや不安を共有ながら、同じ思いでご本人にとってベストな選択をしていけば、きっと良いかたちで看取りができると思います。

武石:病院で亡くなると、短い時間でご遺体の引き取りやお葬式の準備が進められるので、非常に慌ただしいものです。
誰にも邪魔されることなく、ご家族に見送られながら息を引き取るのも幸せな最期のかたちなのかもしれません。
亡くなるご本人も、遺されるご家族が一日も早く立ち直って、いつもの日常に戻っていけることを願っていると思います。
「いろいろあったけど、これでよかったよね」と心から思えるような在宅介護を実現することが大切ですね。

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最後に、ご自宅での看取りをやり遂げたご家族のエピソードを紹介して今回の座談会シリーズを締めくくりたいと思います。

前立腺がんを患ったご主人と、自宅で看取った奥様のエピソード。
がんが見つかったとき、治療をしながら自分たちご夫婦の生活を楽しもうと決めたそうです。

「病状が進んだらいろいろなことがわからなくなってしまうかもしれないし、正常な判断ができなくなるかもしれないけれど、家で看てほしい」。
それが、ご主人の希望でした。

がんが進行するにしたがって食事の量が減ってきても、奥様は、ご主人の希望どおり「点滴はしません。本人の食べる力、飲む力だけに任せます」と延命治療をしないことを選択。
最終的には介護ベッドも使わず、ご夫婦の寝室で時間を過ごされました。

ご夫婦には、遠方に嫁いだ娘さんがいましたが「お父さんとお母さんがしたいように」と両親の思いを優先され、奥様によるひとりの在宅介護です。

死期が近づいたとき、奥様は枕元でご主人の手を握ってたくさん話をしていました。
意識がなくなっても、耳は最後まで聴こえていると言われています。
「お父さん、あのときはこうだったわね」と思い出話をしている目の前で、奥様の言葉に応えるように「はーっ」と最後の息を吐いて亡くなったそうです。

後日、奥様は「主人との約束を果たせて、本当によかった」とおっしゃっていました。
「最後までやりきった」という満足感があったそうです。
看取りに立ち会った娘さんたちも「家なので、思う存分わんわん泣くことができた」とおっしゃっていました。


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