[集中連載「認知症1」]こんな時どうすれば?「被害妄想」への対応方法

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[集中連載「認知症1」]こんな時どうすれば?「被害妄想」への対応方法

こんにちは、セコムの武石(たけいし)です。

否定したり、説得したりすると事態がよりいっそう深刻になることもあります。認知症の方は年々増加傾向にあり、厚生労働省の資料によると、2025年には65歳以上の高齢者の約5人に1人が認知症になると見られています。
また、年齢が進むほど認知症になりやすく、85歳以上になると約4割が認知症を発症するとも言われています。

長寿化、高齢化が進む今後は、誰もが認知症の方と関わる可能性があるのです。
いまもたくさんの方が、認知症の方の介護で悩んだり、苦しんだりしています。

少しでもお役に立てるよう、今回から「よくある認知症の症状への対応方法」を集中連載します。
初回となる今回のテーマは、認知症のBPSD(周辺症状)のひとつである「被害妄想」です。

症状を少しでも和らげるために、そして介護するご自身を守るために、認知症という疾患について理解を深めていただければと思います。

● 「被害妄想」は認知症の脳がつくり出す現実世界
認知症の症状によく見られる「被害妄想」は、怒りをともなって攻撃的に現れることが多く、介護する家族を傷つけることもあります。
「財布を盗まれた」「私の悪口を言っている」などと言われたら、誰だって冷静ではいられませんよね。

普通に考えればありえないことであっても、ご本人は本当にあったことと信じ込んでいます。
介護する方は、「何を馬鹿なことを言っているの」「そんなわけがないでしょう!」と否定したくなりますが、その前に少しだけ認知症の方の世界をのぞいてみましょう。

認知症からくる被害妄想には、恐怖や怯え、不安や苦しみなど、負の感情が根底にあります。
周囲に迷惑をかけてしまう負い目、自尊心が傷つけられる悲しみ、わかってもらえない孤独感など、いろいろな感情が複雑に絡み合って生まれた世界での出来事なのです。
また、「私は間違っていない」「相手が悪い」と強く思い込むのは、逆転した上下関係を覆したいという心理が働いているとも言われます。

介護する方にとって、自分を育ててくれた、愛情を持って接してくれた親やパートナーが、認知症で変わってしまった姿を受け入れるのはつらいことでしょう。
しかし、その思いは認知症の方にとっても同じです。

誰かのせいにしなければ、心の安定が得られない。
いま置かれている立場が受け入れられない。
認知症によって、自分の存在価値が脅かされたがゆえに、頭のなかで事実とは異なる「事実」をつくり出してしまうのかもしれません。


● 認知症がつくり出す「被害妄想」と戦わない
このように認知症の方の心のなかを想像すれば、被害妄想に対して「違う」と反論したら、かえって頑なになってしまうことが理解できるではないでしょうか。
否定されれば、さらなる怒りや苦しみが生まれ、もっと悪い方向に妄想が広がってしまいます。

注意したいポイントは、説得しようとしないこと。
どれだけ丁寧に、論理的に説得しようとしても、認知症の方にとってそれは「事実」ではありません。
お互いに「なんとかわかってほしい」という思いがぶつかり合うと、どこまでいってもかみ合わないし、感情的になりすぎて良い結果にならないものです。
特に、認知症の方は思うようにいかないと、必死になりすぎてしまう傾向があります。

お互いが高ぶった状態で対峙すると収拾がつかなくなるので、こちらがクールダウンするしかありません。被害妄想がもたらした争点から気持ちを切り離し、まずは相手の意見を否定せずじっくり話を聞くことです。

介護する方は、「どうにかわからせよう」と自分に気合いが入りはじめたら要注意。
こちらの気合いを感じ取ると、相手は同じ分量のエネルギーで立ち向かってきます。
正論を武器に一方的に言い負かせたら、素直に認められない気持ちになるのは、認知症の方に限りません。人間同士のコミュニケーションとは、そういうものではないでしょうか。


● 認知症の「被害妄想」へのコミュニケーション事例
以前、私が実際に経験したケースをご紹介しましょう。

デイサービスにいらしていたご利用者様が、帰り際になって「私の上着がない」「誰かに盗まれた」と騒動になりました。

本当はその日、上着を着てこなかったのを知っていましたが、「最初から着てこなかったじゃない」と否定すれば、もっとひどい妄想に発展していたかもしれません。

認知症の被害妄想は、底なしの世界。
否定をきっかけに、疑念や敵意が深まっていきます。
「きっとあの人が盗んだに違いない」「みんなでグルになって私をだまそうとしている」などと、どんどん飛躍していくのです。

そこで私は、じっくりその方の話を聞いて、「じゃあ探してみましょう」と一緒に施設中をあちこち見て回りました。
もちろん出てきませんでしたが、気が済むまでとことん付き合って、「他の職員にも聞いてみますね」とスタッフにも確認。

最後に、「もしかしたら家にあるかもしれませんね。よかったら、家のなかも一緒に探してみましょうか?」と言ったところ、ようやく納得してくださり、その後自宅で無事に上着を見つけることができました。
そのころにはご利用者様の気持ちもおさまり、いつもの穏やかさを取り戻してくれたのです。

ご家族としては、「ここまで、時間をかけて対処できない」という思いもあると思います。
イライラしても良いし、「そんなことを言われて傷ついた」と素直に気持ちを伝えても良いのです。

ただ、頭ごなしに否定したり、説得しようとしたりすることだけは、なんとか我慢してみてください。
それだけで、被害妄想の症状が徐々に和らぐこともあるからです。
言い争いに発展してしまったあとでも、「もしかしたら、本当にそうかもしれないね」「それはつらかったね」と共感の言葉をかけてあげるだけでも良いと思います。

認知症の方が心の奥底に抱いているのは、「認められたい」「わかってほしい」という思い。
言葉にならないこのメッセージに気づくと、何を言われても過剰に傷つくことがなくなります。
今日はうまくできなくても、明日はできればそれで良い。
そんな気持ちで、日々の介護をしなやかに乗り越えていけることを願っています。

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