在宅介護で認知症の方の「拒否」にどう対応する?
こんにちは、セコムの武石(たけいし)です。
在宅で認知症の方の介護にあたっていると、ときどき困ってしまうことがあると思います。
「お風呂に入ってくれない」
「デイサービスに行くのを嫌がる」
「薬を吐き出してしまう」
介護するご家族は、「こんなに一所懸命やっているのに」「今これをしてくれないと困るのに」と、聞き入れてもらえないことに憤りを感じることもあるかもしれません。
しかし、ご本人にしてみれば、どうしてもそれができない切実な理由があるものです。
認知症の方から「拒否」の態度や言葉を示されたとき、家族はどうしたら良いのでしょうか。
どうすれば認知症の方の心の内を知ることができるのでしょうか。
「なんとしても言う通りにしてもらいたい」という立ち位置からでは、問題は解決できません。
まずは、認知症の方の気持ちを知り、なぜ拒否するのかを知るところからはじめましょう。
● なぜ拒否するの?認知症の症状をおさらいしましょう
認知症とは、脳疾患によって知的機能が低下し、複数の認知機能障害が生じる症候群です。
記憶、思考、見当識、言語、計算、学習、理解、判断力など、日常を営むために不可欠な脳の機能が失われていくため、社会生活にも支障をきたすようになります。
これを、認知症の「中核症状」といい、認知症になると誰にでもあらわれる症状です。
認知症の諸症状は、考えられないような行動としてあらわれることが多く、ごく簡単なことがわからなくなったり、できなくなったりすることがあります。
在宅介護のご家族には、「どうしてそんなことを!?」と驚くことが少なくありません。
でも覚えておいてほしいことがあります。
介護をするご家族が驚くような状況下、"そのとき"誰より驚き、傷ついているのはご本人だということです。
"そのとき"ご本人は、自覚できない不安や焦燥感、いらだち、喪失感に苦しんでいます。
認知症なので、どうしてなのかを頭で整理して、言葉で伝えることが困難ですが、心の奥では多くの感情を消化できずにいるのだと想像してみてください。
整理しきれない感情が、暴言や暴力のほか、幻覚や錯覚、妄想、抑うつ、徘徊(はいかい)、興奮などといった症状になってあらわれます。
「それをしたくない」という拒否の反応も理由をうまく伝えられないがために、猛烈な怒りや暴力になってあらわれてしまうことがあるのです。
このような、「中核症状」から派生する二次的な症状を、「周辺症状(BPSD)」といいます。
周辺症状のあらわれ方は、個人差が大きく、症状が出ない人もいるほどです。
誰にでも生じる「中核症状」と違って、周囲の方の声かけや対応によって、症状が治まったり、発症を防いだりすることもできると考えられています。
● 「自分ならどう思うか?」を想像すると認知症の方の気持ちがわかる
いろいろなことを思い出せなかったり、できなかったりすることが増えていくのが認知症の症状ですが、人間には心がありますから、いろいろな感情が生じます。
私たちにとってはあたりまえのことがわからなかったり、できなかったりするので、その感情を理解するのは非常に難しいことです。
そこで、認知症の方の心のなかを、私たちの日常のシチュエーションに置き換えて考えてみましょう。
このようなシチュエーションでどのような感情が芽生えるか、想像してみてください。
(1)道端でばったり会った人に親しげに声をかけられたけれど、誰だかさっぱり思い出せません。
何と答えたら良いかわからないし、居心地が悪く、とても不安な気持ち。
(2)外国の学校で授業を受けているが、言葉がまったくわからず理解できない。
しかも急にトイレに行きたくなってきた...でも誰にどう話したらいいかわからない。切羽詰まった気持ち。
(3)玄関ドアを開けたら宅配業者の人が立っていて、頼んでいないのに勝手に家に上がり込んできた!見知らぬ人にプライベートな領域に入ってこられる恐怖や不安。
(4)ジムへダンスのレッスンを受けに行ったら、周りはダンスの上手な人ばかり。
自分だけレッスンについていけず、恥ずかしく、消えてしまいたい感じ。
(5)給食を食べ終わった人から昼休みなのに、自分には食べられそうにない。
自分だけ取り残され時間だけがどんどん過ぎていく...焦りの気持ち。
このような状況をどのように感じますか?
これは人や場所の認知ができなくなったり、簡単な手順や段取りが踏めなくなったりする認知症の人が抱えている感情です。
・・・ ・・・
強いストレスを感じたのではないでしょうか?
そこ場から逃げ出したいと思ったのではないでしょうか?
認知症の方がデイサービスや訪問介護サービスを拒否したり、入浴や食事を拒んだりするのは、「わからない」「できない」ことに対する複雑な感情の反動だと覚えておいてください。
● 認知症の方が「NO」を意思表示するときの行動パターン
嫌だと思う状況に置かれたとき、人は誰でもストレスを感じます。
「NO」と言っても聞き入れてもらえないとき、あなたならどのような対応をするでしょうか。
認知症の方の場合、正しいとは言えないような態度で拒否の意思表示をあらわすことがあります。
たとえば、介護生活の中でこのような反応をすることはありませんか?
<認知症の方が拒否を伝えたいときのよくある行動パターン>
□ 逃げ出す
□ 嫌なもの・ことを隠したり、排除したりしようとする
□ 怒って暴言や暴力を相手にぶつける
□ 無視する、返事をしない
□ 泣く
□ 言い訳をしてごまかそうとする
□ 誰かのせいにする
□ パニックになる
弱音を吐かず強かった父、どんなことでも優しく対処してきた母。
それまでの行動とあまりにかけ離れた現実に、行動に驚くのは無理もありません。
強さや、自信はご本人が努力によって、後天的に獲得したものです。
認知症を発症し、獲得してきたものが失われ、弱い部分が姿をあらわすことがあります。
ご本人は、弱さに戸惑いながら、認めたくないがために過剰な反応で自分を守ろうとしているのです。
そのような姿を否定するのではなく、受け入れることが、認知症の方の気持ちを理解するための第一歩。
ご本人がどうにもできないことを、身近な人から責められたり、否定されたりすれば、誰だってつらく、悲しいはずです。
「今」をありのまま認めることができれば、介護するご家族の気持ちにもゆとりができますし、どのように接したら良いのかも見えてくると思います。
● 認知症の方の意思を尊重するということ
介護において、たとえ認知症になって正常な判断が難しくなっていても、ご本人の意思は尊重されなくてはならないとされています。
人間は誰にでも自分の日常生活や社会生活を選び、決める権利があります。
しかし、在宅介護の生活のなかでは、いくら拒否されても、どうしてもやってもらわなくてはならないこともあります。
ご本人の健康や清潔を維持するためには、食事や入浴をなくすことはできませんし、ご家族の都合でデイサービスやショートステイを利用しなければならないこともあるでしょう。
認知症の方の意思を尊重するということは、拒否を受け入れることだけではありません。
在宅介護での生活に必要なことを、ご本人の意思で「やろう」と決められるようお手伝いすることが、認知症の方の意思決定プロセスには不可欠です。
理屈で説得したり、だましたり脅したりして、ご家族がやってほしいと思うことをやらせるのは、問題の解決にはなりません。
ますます不安や怒りが蓄積して、周辺症状がひどくなってしまうこともあるからです。
認知症の方にも意思があり、拒否には理由があるということを思い出してください。
なぜ拒否をしているのか、ご本人の気持ちになって想像してみましょう。
デイサービスを拒むのは、知らない人に囲まれて怖い思いをしたからかもしれません。
レクリエーションの体操についていけなくてプライドを傷つけられたからかもしれません。
食事や入浴を拒むのは、食べ方やお風呂での手順がわからなくなってしまい、戸惑っているのかもしれません。
ご家族としてできることは、ご本人の気持ちを察して、不安を和らげる言葉をかけてあげること。
拒否の原因を取り除くことで、気持ちが変わることもあります。
ご家族だけでご本人の気持ちを動かせないときは、在宅介護に携わってくれているヘルパーやケアマネジャーに相談してみましょう。
認知症の方の反応は日によっても違いますが、多くの人が試行錯誤すれば、少しずつ接し方のコツがわかってくることもあります。
周辺症状に悩まされたり、介護拒否に困ったりしたときは、「ご本人の気持ちになって考える」という原点に立ち返ってみてくださいね。