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分かっているのにだまされるワケ

 10月も半ばを過ぎ、学校などの制服が冬服に替わってしばらく経ちました。今回のコラムは、多くの被害が出ている「特殊詐欺」について考えてみます。

・自分はだまされない? 
 
特殊詐欺は、直接顔を合わさずに電話などの通信手段を使って、遠隔でお金をだまし取る手口の総称です。被害の多い「オレオレ詐欺」「還付金詐欺」は、この特殊詐欺の代表的な手口です。特殊詐欺は、携帯電話契約や金融機関における確認などの対策で、一時抑え込まれていましたが、ネットを介して通話を行うIP電話や、プリペイド型の電子マネーなどの普及に伴い、最近また数が増えてきています。

 世の中には「自分はだまされない」と思っている方は少なくありません。しかし、だまされてしまった被害者の方々の多くも、そう思っていたのです。プロの詐欺師は「自分はだまされない」と思っている人間も、その巧みな話芸で手玉にとります。これには十分に注意する必要があります。

・動物的本能と理知的思考
「二重過程理論」という心理学の理論があります。人の心の働きが、「動物としての本能に近い部分」である「システム1」と、「人間ならでは理知的な部分」の「システム2」の2つからなっているという理論です。

 システム1は、私たちの頭の中でほとんど無意されることなく自動的に動いています。母国語でたわいもない雑談などを行う際に、私たちは、文法構造などをほとんど意識することなく言葉を発することができます。この時動いているのがシステム1です。

 もう一つの理知的な部分、システム2は、いわゆる「考える」という言葉で表される「頭の働き」のことで、必要な時に意志の力で意識的に動かす必要があります。慣れない外国語で、文法を意識しながらで話している時などに動いているのが、このシステム2です。

 あまり考えなくぱっと行動する時に動くのがシステム1、じっくり考えているときに動いているのがシステム2という理解ができます。楽器の演奏を考えてみます。初心者のうちは、楽譜とにらめっこしながら音を拾うような状態が続きます。しかし、練習を繰り返し熟達してくると、ほとんど意識せずに自動的に音を出せる状態になります。この時、頭の中ではシステム2からシステム1へのバトンタッチが起きています。始めての行為、慣れない行為をしている時にはシステム2が、慣れてくるとシステム1が動くということです。

 システム1は、しばしばシステム2よりも優先的に働くことが分かっています。「分かっちゃいるけどやめられない」という言葉で表される「セルフコントロールの難しさ」は、これによって引き起こされています。

・「システム1」を詐欺師が狙う

 システム2は「あなたが自覚しているあなた」、システム1は「あなたが自覚していないあなた」です。詐欺師は、この「あなたが自覚していないあなた」を狙い、話術を駆使して恐怖や不安を煽ってきます。人は、恐怖や不安を感じる状況に追い込まれた場合、システム1が自動的に動きだして、無意識のうちにそこから「回避するための行動」をとりがちなのです。その時、システム2(理知的な思考)はあまり働きません。本能的な反応による、恐怖や不安から逃れるための緊急避難が「お金を渡す」ことであり、後から冷静を取り戻し、理知的思考が動き出すことで「だまされた」と気づくのです。

 詐欺師は、言葉巧みに、本能に近い心の動き、情動に揺さぶりをかけてきます。そのターゲットは、恐怖や不安に限りません。射幸心(しゃこうしん:まぐれ当たりによる利益や幸運を願う気持ち)や損失回避など、人がまだ木の上で暮らしていた遠い祖先の時代に形作られた情動であれば、すべて詐欺師の対象になりえます。

・どう対応するのが良い?
「分かっているのにだまされた」という事実は、詐欺師が狙ってきているのが「動物としての本能に近い部分」、システム1であることを端的に物語っています。知識として分かっているのはシステム2、あまり考えなく行動するときに働いているのはシステム1、その際、システム2はシステム1に抑え込まれ、十分に動いていないのです。

 現在、防犯対策として行われている「詐欺手口の啓発」は、知識の習得によって理知的思考であるシステム2に働きかける対策です。一方、犯人側が揺さぶりをかけてくるのはシステム1。この時、システム1の優位に働くことにより、現在行われている「詐欺手口の啓発」の効果が限定的になり、被害の抑制が足踏みになっていると考えることができます。

 向こうがシステム1をついてくるのであれば、こちらもシステム1で対抗する必要があります。一般にシステム1が動くためには、「知識の習得」の後になされる、繰り返し、すなわち「練習」が必要だということが分かっています。詐欺対策に必要なのは「手口の啓発」に留まらない、それに対抗する行為の練習だということなのです。

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セコムIS研究所
リスクマネジメントグループ
甘利康文

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