開催レポート
第19回:「Fireside Chat 『デジタルで加速するサービス体験のデザイン』」

2020年12月3日、今回は、コロナ禍でさらに変容しつつある「デジタルで加速するサービス体験のデザイン」をテーマに、オンライン配信にて開催しました。
“Fireside Chat=暖炉端の会話”として登壇者らのカジュアルな座談をお届けしながら、これをセコムのオープンイノベーションチームが視聴者の声とともにバーチャルホワイトボードへ可視化。その映像はYouTube LIVEのパノラマ映像で360°展開し、視聴者が登壇者、バーチャルホワイトボード、それぞれ自由に好きなところを表示して見られるようにしており、多くのご関心をいただきました。

デジタルによって顧客ニーズの急激な“グルメ化”(パーソナライズ化や、いつでもどこでも今すぐ買えて、乗れて、観れて、聴ける)が進む折、コロナ禍はさらに非接触型サービスのニーズを加速させました。大きく環境が変化する中、リアルの世界で生きる私たちにとって快適で心地よい体験をどうデザインしていくべきか、各デザイン分野のキーパーソンが登壇してカジュアルに座談展望する場として、盛会に開催しました。

登壇者

  • znug design 取締役 デザイナー クリエイティブコミュニケーター
    根津 孝太氏

    千葉大学工学部工業意匠学科卒業、トヨタ自動車入社。2005年(有)znug design設立、工業製品のコンセプト企画とデザインを手がけ、電動バイク「zecOO」、やわらかい超小型モビリティ「rimOnO」などのプロジェクトを推進する一方、GROOVE X「LOVOT」、トヨタ自動車コンセプトカー、THERMOSケータイマグ、タミヤミニ四駆などの開発も手がける。
    グッドデザイン賞、ドイツiFデザイン賞、COOL JAPAN AWARD、かわいい感性デザイン最優秀賞、他受賞多数。2014~2020年度グッドデザイン賞審査委員。著書『アイデアは敵の中にある』、『カーデザインは未来を描く』。

  • SEIKI DESIGN STUDIO 代表 プロダクトデザイナー
    石井 聖己氏

    1986年京都生まれ。2008年にLahti University of Applied Sciences / Industrial design (Finland)、2009年にStanford University / ME310 Project (USA)、2012年に京都工芸繊維大学 大学院 デザイン科学専攻 修了。2012年に富士通デザイン株式会社入社、2017年退職後にSEIKI DESIGN STUDIOを設立。同スタジオ product designer。
    SEIKI DESIGN STUDIOは京都を拠点に活動しており、国内外のさまざまなクライアントと協働し、戦略開発からアウトプットまで一貫してサポート。表面化している課題の解決だけでなく、将来に渡る本質的な課題解決や持続可能な価値創造の実現を目指している。また、アイデアの源泉として日々の生活における無意識な感情や衝動をきっかけに、素材のもつ表情を大切にし、シンプルな造形にこだわりデザインしている。
    ドイツiFデザイン賞, グッドデザイン賞 GOOD DESIGN BEST 100, ほぼ日作品大賞 銀賞, James Dyson Award 国内最優秀賞, MUJI AWARD 04 入選, その他受賞多数。

  • ネットイヤーグループ株式会社 代表取締役社長CEO
    石黒 不二代氏

    名古屋大学経済学部卒業。米スタンフォード大学MBA取得。
    ブラザー工業にて海外向けマーケティング、スワロフスキー・ジャパンにて新規事業担当のマネージャーを務めた後、シリコンバレーでハイテク系コンサルティング会社を設立。YahooやNetscape, Sony, Panasonicなどを顧客とし日米間のアライアンスや技術移転等に従事。1999年にネットイヤーグループのMBOに参画し、2000年より現職。
    現在、内閣官房「高度情報通信ネットワーク社会推進戦略本部」本部員、経済産業省「産業構造審議会」の委員などを務める。その他、内閣府「選択する未来」委員会、外務省「日米経済研究会2016」など多数の公職を歴任。

  • 株式会社ディー・エヌ・エー
    執行役員 デザイン本部長 兼 ネットサービス事業副本部長

    増田 真也氏

    多摩美術大学 環境デザイン学科卒 2008年デザイナーとしてDeNAに中途入社。
    「mobage」のマネージャー、スマホ版「mobage」などの立ち上げを経て、音楽ストリーミング配信サービスや地域SNSなど新規事業のプロダクトマネージャーを経験。
    大手ゲーム会社とのプラットフォーム開発におけるプロダクトマネージャー、デザイン戦略室の副室長を兼務後、2018年4月からデザイン本部長に就任。
    2019年4月からネットサービス事業本部長を兼務。Delight Venturesアドバイザリーメンバー。

  • 株式会社ロフトワーク プロデューサー
    柳川 雄飛氏

    大学卒業後、インターネット広告業界で営業・メディア・新事業などさまざまな経験を経て、2014年にロフトワーク入社。
    企業や大学、地域など、フィールドに入り込み、課題設定からコミュニケーション戦略の立案・実行を支援する。組織内イノベーション、新規事業創出につながるチームビルディングやプログラム開発をベースに、空間プロデュースやブランディングまで横断的なプロジェクトを手掛ける。組織のクリエイティビティを引き出し、自創するチームづくりをミッションに活動。
    本業の傍らで、2017年より、渋谷で働く人を繋げる「渋谷区100人カイギ」の共同発起人を務める。

  • セコム株式会社
    オープンイノベーション推進担当 リーダー / 東京理科大学 イノベーション研究センターフェロー

    沙魚川 久史

    1976年生まれ。セコムでは、研究開発や科学研究助成事業責任者を経て、現在オープンイノベーションチームを率い、新価値提案から協働商品開発まで担う。イノベーション推進に向け「セコムオープンラボ」主宰、挑戦的ブランド「SECOM DESIGN FACTORY」立ち上げ。本社企画部担当課長を兼任。
    社外では、東京理科大学客員准教授を経てフェロー、科学技術振興機構専門委員などを兼任。ものこと双発学会を共同創設、前事務局長。専門領域はサービスサイエンス・技術経営・知財マネジメントで、サービス創造の視座より大学や国研、産学官コンソーシアムなどでも公私にわたり活動。主な著書に『知的財産イノベーション研究の展望』(白桃書房)など。

モデレーター

  • バンドオブベンチャーズ 代表ビジネスタレント
    田原 彩香氏

    ベンチャーコミュニティ【バンドオブベンチャーズ】の運営責任者として、インタビューやライブ配信企画を行う。
    また、ビジネス領域専門タレントの「ビジネスタレント」としてピッチコンテストやアクセラレーターなどのイベントの司会進行を担当。
    2つの仕事で相乗効果を生む働き方、「パラレルキャリア・クロスワーク」の働き方を自ら実践している。

配信方法

登壇者はスタジオとリモートに分かれてオンライン形式で対談し、その裏側でセコムのオープンイノベーションチームが議論内容や視聴者コメントをWeb上のバーチャルホワイトボードに可視化。対談の様子とバーチャルホワイトボードの両方をYouTube LIVEにて360°のパノラマ映像として展開して生配信を行いました。
360°配信にあたっては、VR/ARなどの空間表現技術開発に取り組むITベンチャー企業のカディンチェ株式会社にご協力いただきました。セコムとカディンチェは、警備業界初のVR研修プログラムで協働しており、前回のFiresideChatでは、配信協力のほか、代表取締役社長CEOの青木崇行様にご登壇もいただいています。

1.イントロダクション

はじめに、イントロダクションとして、セコムのオープンイノベーションやセコムオープンラボ、またそこから始まる新価値創造による事業企画について沙魚川よりお話ししました。ここではその中でも今回のセコムオープンラボについてのエッセンスをご紹介します。

沙魚川セコムはサービスの会社。モノづくりのオープンイノベーションというだけではなく、社会がどう変化していくかに関心がある。それを知る為に、分野業界を超えた多くの皆様と、今後の社会について議論する継続的な機会の場としてセコムオープンラボを開催している。

とはいえ昨今、大人数を集めたワークショップもまだ難しいということで、今年はオンラインでの開催。前回は登壇者が集まるZOOMブラウザ窓と、バーチャルホワイトボードのブラウザ窓の2つを視聴者が手元で見られるようにしていたが、まとめて1つの窓で見ることができると良いよねということで、今回パノラマ映像で360°展開し、視聴者が好きなところを見られる形式での配信とした。

今回は「デジタルで加速するサービス体験のデザイン」をテーマに、各分野のデザイナーに集まっていただき、コロナ禍でサービス体験のデザインがどう変化しているのかというところと、登壇者の皆さんそれぞれが持つ多様な想いを交換できればと思う。

2.登壇者自己紹介

つぎに、登壇者の方々に、簡単に自己紹介をしていただきました。

znug design 根津さん ―― コミュニケーター視座

根津さんプロダクトデザイナーで、元々トヨタにいたので車がバックグラウンド。最近はLOVOTというロボットの開発・デザインにプロジェクト初期から関わっている。今回は、このプロジェクトで経験したことなどをお話していきたい。

SEIKI DESIGN STUDIO 石井さん ―― プロダクトデザイン視座

石井さんセコムとチカクで開発した「まごチャンネル with SECOM」を主体にセコムと関わりがある。京都を拠点に活動していて、独立4年目。登壇者の方々からはデザイナー関係での先輩として色々話を聞いて学びたい。

ネットイヤーグループ 石黒さん ―― デジタルマーケティング視座

石黒さんネットイヤーグループは、デジタルマーケティングを総合的にプロデュースして、Webを含む色々なシステム・アプリを手掛けている会社。Web、アプリの裏側が複雑化している中で、あらゆるデータを使ってユーザーのことを知りながらさまざまな施策をしていくという総合的なソリューションを提供している。デジタルでビジネスを加速させ、日本のDXを推進する流れを作っていきたい。

DeNA 増田さん ―― プロダクトマネジメント視座

増田さんDeNAはエンターテインメントと社会課題の両軸を手掛け、その両面を活かしてさまざまな課題解決やエンターテインメントを推進している会社。個人としては、プロダクトマネージャーとして新規事業の立ち上げや大手ゲーム会社との提携事業を経験。デザイン全般の責任者をしつつ、ネットサービス事業本部という新規事業に近いところの副本部長も担当している。

ロフトワーク 柳川さん ―― コミュニケーションデザイン視座

柳川さんロフトワークはデザイナーが会社の中にいないデザイン会社と言ったりする。プロジェクトデザイン活動をしていて、社内ではプロジェクトマネージャー。さまざまなメンバーを巻き込みながら課題解決のためのプロジェクトをプロデュース、ディレクションしている。根津さんと共にしたプロジェクトのようにサービスを作る仕事や、ビジョンを言語化する仕事も。デザイン経営に関しても色々な企業の、経営の中にデザインを浸透させていくというプロジェクトを支援している。

バンドオブベンチャーズ 田原さん ―― モデレーター

田原さんベンチャーコミュニティ「バンドオブベンチャーズ」の運営責任者としてインタビューやライブ配信を行っている。また、司会やビジネス領域の専門タレントとしても活動。複数の仕事同士を掛け合わせることで相乗効果を生む“パラレルキャリア・クロスワーク”という次世代の働き方を実践。

3.Fireside Chat 《デジタルで加速するサービス体験のデザイン》

続けて、コロナ禍でさらに変容しつつある「デジタルで加速するサービス体験のデザイン」をテーマに、登壇者らでカジュアルに座談。
デジタルによって顧客ニーズの急激な“グルメ化”(パーソナライズ化や、いつでもどこでもすぐ買えて、乗れて、観れて、聴ける)が進む折、コロナ禍はさらに非接触型サービスのニーズを加速させました。大きな環境変化の中、リアルの世界で生きる私たちにとって快適で心地よい体験をどうデザインしていくべきか、各デザイン分野のキーパーソンがそれぞれの変化や想いを語りました。

―― Fireside Chat《デジタルで加速するサービス体験のデザイン》について

沙魚川コロナ以降、リアルが中心だったサービス体験がデジタル・非接触方面に変化している。顧客ニーズは“グルメ化”が進み、いつでもどこでもすぐ買える・乗れる・観れる・聴けるサービスがヒットし、「今すぐ手に入らないならいらないや」といった新しい価値観も出てきた。こうした変化や新しい価値観もふまえながら、サービス体験はどう変わっていくのか、皆さんと話をしていきたい。

―― コロナ禍でのサービスの新しい価値について

沙魚川コロナ禍前、セコムのサービスとして、2020年1月に楽しい見守りをコンセプトにした「まごチャンネル with SECOM」を販売開始した。これまでの見守りサービスは見守る側だけに価値があるものだったが、こちらは見守られる側にもベネフィットがあるような楽しい見守りサービス。
また、2019年11月からは「VR研修プログラム」をアップデートしてセコム社員研修に使用している。実施に危険が伴ったり、準備が大変だったりする集合研修について、VR仮想空間で体験できるというもの。

これらのサービスはコロナ禍より前に商品開発したものだが、コロナ禍で、本来提供しようとしていた価値の意味が変わって、顧客の感情に変化を促す作用が出てきた。
「まごチャンネル with SECOM」は、越境のリスクを回避できるという意味が生まれてオンライン帰省の助けになり、「VR研修プログラム」は、集合研修ができなくなった中で、仮想空間内で集合できるという新しい価値が生まれている。

沙魚川こういった変化はとても面白いと思う。コロナ禍を経て、そういった意味の変化があったよ、という事例がほかにもあればご紹介いただきたいです。

根津さんLOVOTがそういう意味では近いように思います。2015年の暮れから開発を進めていたもので、コロナ禍はもちろん予想もしていなかった。LOVOTが解決しようとしていたのは“孤独”。例えばペットを飼いたくても飼えない事情がある方達にペットが持つ癒しの力をロボットで提供できないかというもの。

販売開始当時、ロボットはロボットでしょうという懐疑的な意見も多かった。コロナ禍で色々なことが10年進んだと言われる中で、ロボットペットに対する認識・意識も10年進んだと感じている。LOVOT自体が持つ意味は変わっていないが、LOVOTも皆さんにすっと受け入れられるようになった。そういう流れの中で、非生命と生命の境界は何かを考えるようになりましたね。

―― デジタルとリアルの接点について

沙魚川LOVOTはLOVOTカフェもあるし、仕事中でもそばに居ると男女問わず皆すぐ抱っこしちゃうくらい、求心力がとても強い。目が液晶になっていて、一体一体瞳が違うし、目が合う。一番びっくりしたのは、あったかくて、体温があること。撫でて触れ合うのもそうですが、五感を刺激しますよね。

根津さんLOVOTは実際に抱っこしてもらってこそ良さがわかる部分もあり、それをオンラインのコミュニケーションでどう伝えたらいいのか悩んだりもしました。ムービーだけでは伝わらない温かさや重さ、目が合うなどの体験が大事というのは感じています。

沙魚川セコムもリアルのサービスを創る会社で、デジタルの力で上手く人の力を増幅・加速させていきたいと思っています。人が実際に“体験”をするようなサービスについて、オンラインで価値を伝えていくのは難しいのでしょうかね。

石黒さん技術がもっと発達していけば、やがてそれもできるようになりますよ。コロナ禍であらゆるビジネスのデジタル化が進んだように、たくさんの人に使ってもらえる機会ができると、技術は一気に進みます。

コロナ禍では飲食店が大打撃を受けているが、オンラインでデリバリー受付をコロナ禍前からやっていたお店は、集中して注文が来るようになった。リアルな顧客接点しかなかったところと、デジタルな顧客接点を既に作っていたところとは短期間で大きく差が出た例で、デジタルがもたらすビジネスモデルに対しての変化だと感じる。

デジタルを使ってビジネスモデルそのものを変えていく、デジタルという新しい顧客接点(チャネル)を作る、デジタルマーケティングを行う、この3つが今やるべきことだと思いますね。

―― コミュニティのあり方

沙魚川デジタルを使った顧客接点を作っていく時に、リアルな存在であるお客様とバーチャルな世界をどうやって繋ぐのが良いのかは考えていかないといけないですね。

根津さんモノの場合は、リアルでしか体験できないこともあるし、オンラインで無理やりリアルの置き換えを狙うのではなく、オンラインならではの良さもたくさんあると思います。

例えばLOVOTのオーナーさんが集まるイベントをオンラインで開催した際には、モノの魅力をオンラインで伝えるのは難しくても、そのモノを持っている人たちのコミュニティのリアリティは伝えられると感じた。多くの人が同時にフラットにつながれるのはオンラインが有利な部分だし、モノの向こうに広がるコミュニティのリアルを見せると温度感のある繋がりができますね。

沙魚川大学の仕事をしているので、コミュニティというか、オンラインで授業や越境自粛の背景の中で、もっとつながりたいという気持ちは高まっていると感じます。柳川さんはコミュニティを色々作られていますが、コミュニティのあり方やオンラインでの繋がりとか、コロナ禍を経て変化はありましたか?

柳川さんそうですね、ロフトワークでは、リアルコミュニケーションを中心にお客様の課題をヒアリングしたり、解決策のプランニングや実装を支援したりしていました。
リアルコミュニケーションがとりづらい時勢になって、代替できるものとしてテレビ会議ツールなどはもちろん使用していたものの、代替としてのオンラインではなくて、繋がりをどうやってリアリティあるものとしていけるか、は考えたいところ。

ロフトワークの活動で、SHIGOTABIというプロジェクトを行っている。「旅するように働こう」がコンセプトで、都心のワーカーが働き方の中に旅を取り入れて、人間らしい創造性や人間性を開放していこうというもの。都心から離れ、富士山のふもとでワーケーション。富士山を朝見て新鮮な空気を吸ったり散歩したりするといった、東京ではできない体験から新しいインスピレーションを引き出していくというもの。

―― 気持ちいい体験を追求する

沙魚川柳川さんとは、セコムで2017年に策定した「セコムグループ2030ビジョン」のディレクションでも関わった。
セコムの新しいサービスがコロナ禍で意味の変化をもち、新しい受け止められ方をしているという話の前提にあるのが、このビジョン。

改めて、
・時間や空間にとらわれないサービス:同期・非同期・リモート
・多様なお客様に寄り添ったサービス:機能を超えた感性的/情緒的な安心感
と、コロナ禍で新しいキーワードとして上手く昇華していると感じている。
どのデバイスも同じような機能を持っていて機能が飽和した世界観の中で、サービスが選ばれるためには一人ひとりの主観での満足や気持ちよさが大事。お客様の気持ちに寄り添うために、一人ひとりが持つ主観の多様性を吸い上げていきたいですね。

柳川さんデジタルでの体験を加速させるためには、人が気持ちいいと思うものを究極的に追求できるかが重要ですよね。自分のスマートフォンでも交通系電子マネーが使えるようになり、交通機関だけでなく店舗でも非接触決裁ができるところが増えてきて、気持ちよさが上がってきています。

沙魚川チカクさんとの「まごチャンネルwith SECOM」でも気持ちよさに取り組んでいる。幸せや幸福は学問になっていて、英語では、Well-beingとHappinessになる。みまもりは、Well-being(より良く生きる)と捉われがちだが、Well-beingなみまもりは世の中にあふれている。文脈としての美しさがあるWell-beingという全体感としての良さではなく、一人ひとりの満足度や気持ちよさといったHappinessを大切にしたサービスをチカクさんと試行錯誤しながら作った。このときに石井さんに大きな力になってもらった。

石井さん「まごチャンネルwith SECOM」では、「たのしい、みまもり。」という言葉を作った。「みまもり」という言葉自体にネガティブなイメージがあるが、それを逆に利用し、「たのしい、みまもり。」という相反しうるワードを組み合わせることでHappinessを増幅させ、新しい価値を出そうとした。相反するものをポジティブに変えていく力が言葉にあるというところから、商品全体のコンセプトを作った。

―― サービスの価値は今後どうなるか

石井さん作ったものをどうやって広げていくかが課題。前の時代は、いいものを作っても売れない、モノが飽和していてみんなモノに興味ないと言われていた。最近は、いいものを作れば、一部のコアなユーザーが見つけてくれたり、コミュニティが形成されたりなどで、大きな資本や広告を使わなくてもデジタルの力でじわっと広がっていく。現場のデザイナーとして、打算的に市場を見るというより、原点に返って誰が欲しいのか?自分がいいと思うかを大事にするようになった。いいものを作ったらちゃんと売れる時代になってきたと言いたい。

沙魚川お客様がファンになってくれて、エバンジェリストとしてほかのお客様に広げてくれるというユーザコミュニティの爆発力ってありますね。

石黒さんマーケティングの観点で言うと、以前の“いいもの”は作り手が良いと思うもの。一方、今の“いいもの”は、利用者が良いと思うプロダクトであるため、自発的に売れるんですよね。いわゆるプロダクトマーケティングの考え方であり、営業しなくても売れる仕組みを作るのがマーケティングで、プロダクトマーケティングはその出発点です。タダで広めるのは流石に難しいのでマーケティングにはある程度、お金はかかるが、その大前提として“いいもの”を作ることを覚えておきたいですね。

―― ウェブサービスでの体験設計について

沙魚川ものがネットに繋がることによって生まれるサービスの新しい体験がある一方、ウェブで完結したサービスでの体験設計について、増田さんにお話を聞きたいです。

増田さんものはストーリーを込めやすいですが、インターネットだけだと込めにくいですね。そこでコミュニティマネジメントの注目度が上がっています。ファンを獲得した後で、どうやって自分たちのそばにいてもらうかをマネジメントするという考え方。具体的には、DeNAのライブ配信サービス「Pococha」などでは、お客さんを集めてリアルイベントを開催し、体験のイベントを通してファンの方と一緒にサービスを作っている。リアルで楽しいものをインターネットに無理やり置き換える必要はないため、使いどころが大切だと感じます。

沙魚川別のケースですが、フィンテックの業界では、プラスチックカードからデジタルに移行するアプローチと、最初からアプリやクラウドだけで管理するアプローチは全く異なりますよね。プラスチックカードから始まったサービスでは、プラスチックカードを捨てられないため、プラスチックカードを中心とした経済圏になる。しかし、アプリから始まったサービスはスマホでも独自端末でも何でもできる。

増田さんぬくもりや楽しみ、驚きを作るのはリアルの方が強い一方、社会課題を解決して便利にするのはデータを使ってクラウド化していくデジタルが強いんですよね。ゴールドカードをもつ優越感のような価値は、デジタルでまだ実現が難しい。両方を上手く使い分けていくことが重要。どちらかに切り替わるには、現状足りない。

4.Q&A抜粋

今回、YouTube LIVEでの配信中にコメント欄にいただいた、視聴者の方々からの質問に回答する時間も設けました。ここではいくつかの質問と登壇者のコメントを抜粋し、ご紹介します。

―― いいものなら売れるようになったというよりは、いいものを作った情報を正確に伝えられるようになってきたという印象がありますがどうでしょうか?

石黒さん仰る通りだと思います。お客様が良いと思えるものを作れるようになったのは、顧客の声を集める仕組みができたため。とはいえ、どういう内容をどういうメディアで発信して認知させるかも並行して必要になる。

根津さん最近はいろんな手法が出てきていて、発信しやすくなっている。例えば、クラウドファンディングでは作り手のストーリーを伝えるのがポイントとなり、LOVOTではお客様一人ひとりのストーリーが宝になっている。
増田さんの話にあったゲームのコミュニティで、同じゲームをしている同士が出会った時からホットなコミュニケーションになるのがすごく好き。リアルのグッズが販売されるなど、リアルとオンラインの境界がいい意味で崩れている。デザイナーにとっては良いものを作った時に、理解してもらえるチャンスが広がる。

石井さんこだわり、愛情を込めたものがデジタルの力で世に届く。スモールスタートで作りやすくなっていて、自分の周りでも想いを形作れる時代になってきている。これからクリエイティブな人が増えていく。

石黒さんサービス自体の体験も大事だが、どうやって知り、購入後その良さを共有する体験を含めたカスタマージャーニ―全体のデザインが必要な時代になってきている。

増田さん背景として、テレビでみんなが同じCMを見て買うというものから、それぞれのユーザーが気持ちのいい情報だけを見るという行動体験に変わってきており、この変化に入り込んで設計することが大切。

―― 昔は、良いものの情報を正しく伝えられず、途中で曲がって伝わっていたという印象があります。

石井さんまごチャンネルは、別の近いサービスでもいいと思う方が多いというデータがあるが、実際に体験してもらうとUXがまったく違うため離脱する方がほとんどいない。それは、価値が曲がって伝わってしまっていたということであり、今でも起きている。こういう時に、コミュニティや口コミが曲がって伝わってしまった価値を戻す力になってくれる。

―― 良いものかつ分かりやすいものでないと売れない気がしています。

田原さんまごチャンネルは名前からイメージしやすくわかりやすいですよね。

石井さんサービス名はチカクの代表の方とかなり議論したが、サービスとしてはWebだけでは少しわかりにくい。サービスをわかりやすくすることだけでなく、ユーザーの意見や感動を横に展開することに頑張っている。

根津さんわかりやすい入り口は大事。わかってくれるのに使ってもらえる時間が短くなっていると感じる。瞬間的に情報を良いかダサいかを判断される状況の中で、どう伝えるのかを考えている。

―― デジタルをアナログ的に見せることを意識されることはありますか?

沙魚川DeNAさんとAIを活用してバーチャルキャラクターが自律的に受付・警備を行う「バーチャル警備システム」を作っている。サイネージに録画の映像が流れているというのでは、会話をしようという気にすらならないため、デジタルのキャラクターの立体的な存在感がとても大切。そこで、反射率や透過率を最適化したディスプレイ一体型ミラーをAGCさんに作っていただいた。ミラーの手前にキャラクターを投影するため、人間の目のピント構造によって、キャラクターを見ようとすると周りの風景がぼやけて見える。アナログな素材のレイヤーまで深めることで実在感を実現しており、これはデジタルだけでは得られない体験。

また、AIは急に賢くならないため、人間側が自然にAIに寄せていけるような体験設計も重要。AIが間違って聞いているということを人間がわかれば、人間側から自発的に言い直せる。

しかし、なぜAIと会話が成立しないのかがわからないと、根津さんの話にあったように、すぐに使えないと判断されてしまう。

根津さん日本には九十九神の考えなど、バーチャルキャラクターやLOVOTのようなロボットを生み出すのにいい意味でユニークな精神性があり、こういうマインドだから生み出せるサービスやプロダクトがあると思う。

沙魚川「バーチャル警備システム」の開発当初は人手不足が背景にあり、公共空間の警備では案内や誘導などのコミュニケーションが必要になるため、センサーセキュリティで置き換えられない。そこで、コミュニケーションを促す新しい警備として、等身大のバーチャルキャラクターを使ったシステムを開発した。このシステムは、空間を認識しどこにどんな人がいるかがわかるため、LOVOTのように目を合わせることができる。バーチャルキャラクターでも、目が合うと見られているという気持ちになり、これは感性的であるがすごく重要。

根津さん下手すると不気味に感じられてしまうのでそこは注意が必要ですよね。

沙魚川そうなんですよね。「バーチャル警備システム」が発熱者の対応を自律的に行う映像がNHKの英語ニュースで海外に流れた時に、なぜ日本人はここにアニメキャラクターを使うんだ、面白い、という好意的な意見があった。開発する時に実写の人間やリアルなCGを試したが、人間に近いものがデジタル的な動きをするととても気持ち悪い。そういったいわゆる不気味の谷を意識すると、日本人にとって受け入れやすいのはアニメ的なキャラクターだった。このデザインはDeNAさんに制作いただきました。

増田さん最初は振り切った発想だなと思いましたが、これをやり切るというのが面白いとも思いましたね。愚直にやってみることで何かが生まれると強く感じます。

沙魚川人手不足の解消を目的に開発したサービスが、コロナ過で人と人が接触しない世界観で新しい使われ方をしている。AI、ロボット技術、センシング、アニメのキャラクターという日本らしいアプローチだなと思います。

5.今回のセコムオープンラボを経て得た気づき

最後に、今回のセコムオープンラボを経て、皆さまが得た気づきについて、一言ずついただいた内容と、議論をまとめたバーチャルホワイトボードをご紹介します。

根津さん全然話し足りなかった。これから打ち上げをしよう!とできないのが残念。一番うれしいのは、皆さん悩みながら考えながら新しい動きを生み出そうとしているところ。どうしても孤軍奮闘している気になるが、みんな頑張っていると実感できたのが良かった。

石井さん普段の仕事の性質上、お客様とのタッチポイントのデザインやモノを作るのに集中しているが、それだけでなく顧客価値から企業価値や社会的な価値を意識し、長い時間軸を見ながらやっていく必要があると思った。頑張っていこうという元気をもらった。

石黒さん皆さん現場でデザインやモノづくりやディレクションをしていらっしゃる方でとても勉強になり、尊敬する皆さんとご一緒できてうれしい。私が知らなかったセコムさんの世界や考えを知れてよかった。

増田さん今日話せなかったトピックで、仕事がほぼリモートになっているため会社への帰属意識がなくなってしまうかもという考えから、雑談を始めた。「仕事をしているから雑談なんてしなくていい」と以前は言われていたが、今の状況ではみんな乗ってくるようになり、コロナ前よりもお互いを知ることができた。大変な時期ではあるが、前よりも良いこともいっぱい起こるという可能性が今日も感じられた。自分たちが作っているものが売れるようになってきたというのが印象的で、自分もいいものを愚直に作っていきたい。

柳川さんデジタルとアナログの新しい可能性を考えるきっかけになった気がしている。雑談のように普段無意識でやっていたことや無駄だと思って忘れちゃっていたけれど、家族や同僚が気持ちいいと感じるものに素直に目を向け、これからの時代に合わせて体験をアップデートしていく動きができるといいと思いました。

沙魚川石井さんのいいものが売れるようになってきたということに、なるほどと思いました。コミュニティのパワーや若い人たちの新しいやり方がニューノーマルになるなど、色んな理由を議論すると面白い。去年の中高生向けセコムオープンラボで、中高生に「エモさ」をどうやって客観的に評価できるかを考えてもらった。いくつか出た答えの中の、エモさとはそのものが今発している光ではなく、ここに至るまでの「コンテキスト」が発する光であるという回答に驚いた。こうしたコンテキストをオンラインでもリアルでもどう伝えたらいいのかを今まで考えていたが、今日の議論でファンやコミュニティのパワーなのかなと自分の中で整理がついた。

お問い合わせフォームへ

トップに戻る