健康予防医療コラム ~休養・心の健康~

忘れてしまうこと、忘れられること

心の健康的な側面

 物忘れが激しいと、「自分は老化してきたのかな?」と不安になる人が多いようです。
 物忘れの原因は決して老化だけではないのですが、「脳の衰え」と感じてしまうと、気になりますよね。いつも会っている人の名前が思い出せない。昨日食べた食事の内容を覚えていないというと、「衰えてきたかな?」と心配になることがあります。
 人は、自分にとって関心のないことは、記憶に残りにくいものですし、他のことに気を取られていては、記憶に残らないものです。いつも会っている人の名前は思い出せないけれど、その人の癖や特徴ははっきり覚えているとすると、「名前だけ」が思い出せないのであって、「その人を」思い出せていないわけではありません。認知症の人は、自分が食事をしたこと自体を忘れてしまって、「家族がご飯食べさせてくれない…」と泣いたりすることがありますが、多くの人は「食事の内容」は思い出せないにしても、夕食をとったかどうかくらいは、覚えているものです。

 記憶の一部が引き出せないと歯がゆい思いをしたり、苦しいものですが、この「忘れる」ということに、人間はずいぶん助けられています。人が記憶を全て持ち続けていたら、20年前の兄弟げんかから、3年前の取引先とのトラブル、1ヶ月前の言い間違い、人から裏切られたこと、5年前の失恋… さまざまな悔しいこと、悲しいこと、恥ずかしいことが生々しく毎日の自分に迫ってくることになります。たまったものではありません。
 脳の仕組み、心の仕組みとして強い感情と共に体験したことは記憶に残りやすく、忘却もしにくいという性質があります。ですから、十年前の登山の感動、初めて食べた美味しいものの感動などを忘れないのです。その反面、ものすごく怖かったこと、辛かったことは、心の傷(トラウマ)として、なかなか忘れられません。ひどい心の傷には、専門家のケアや治療などが必要になることがあります。ですから、人は「忘れる」ということで、過去を過去の出来事として前に進む力として生きているのです。
 人は、「忘れる」という心の仕組みによって助けられているという事実を見直し、「忘れる」ということのもつ、心の健康的な側面を見直してみてはいかがでしょうか?

監修:大多和 二郎 先生
掲載日:2006年02月01日

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