助成研究者情報(高口洋人先生2)|安全安心な科学技術の振興:セコム科学技術振興財団

早稲田大学創造理工学部 建築学科 教授 高口洋人先生インタビュー「建築物のレジリエンス評価手法の開発研究」(第1回)


それではご研究の内容について、詳しくご説明いただけますか。

 研究の出発点は「日本の建築物の耐震リスクをどのようにヘッジ(移転)するか」でした。地震発生時に倒壊しない建物を作ることはもちろん、壊れた建物の復旧費用の確保も必須です。
 壊れた建物の復旧費用を確保する手段の一つが地震保険です。しかし地震保険の対象は「居住用建物」が主であり、事業用建築物に対しては火災保険の特約があるだけで、加入率も高くありません。加入率が低い理由は2つ考えられます。一つ目は「耐震性の高い建物は地震保険が必要ない」という考えがあることです。これを裏返すと「地震保険に入っている建物は耐震性の低い建物で危険だ」ということになります。二つ目は事業用建物の保険料率が数%という高率(住宅向けは0.06〜0.313%)に設定されていることです。
 どれだけ耐震性が高くても、リスクは決してゼロにはなりません。想定外の地震や事象が起こることはあります。ですから何らかのリスク対応は必要です。大切なことは、それぞれのリスクに応じた負担で、リスクがヘッジできるようになることです。

地震が来ても倒壊の可能性が低い「レジリエンス性能が高い建物」の保険率料が安くなれば、加入者が増えるのではないでしょうか。

 その通りです。レジリエンス性能を正しく評価し、保険率料に反映させる制度が実現すれば、加入者は確実に増えるはずです。既築ビルの性能を向上させようという動機にもなるはずです。また「保険料が安い=安全性が高い」という考えは一般の人々にも馴染みやすいため、建物を購入したり借りたりする際の指標になります。
 たとえば建物の価値が10億円のビルAとBがあるとします。
 「ビルAは耐震補強をしていないので、年間2000万円の保険料がかかります」
 「ビルBは耐震補強をしっかり行っているので、年間500万円の保険料で済みます」
 こう言われたらどうですか? 耐震補強をしている・してないの二者択一ではなく、4倍のリスク差があることが、建築や地震に関する専門知識がなくても容易に理解できます。
 レジリエンス性能が高い建物は低額で地震保険に加入でき、地震が起きて被害が生じても復旧費用を確保できる。レジリエンス性能が低い建物は今よりも地震保険の保険料が高額になる。そうなれば、レジリエンス性能が低い建物を購入したり、入居したりする人は確実に減ります。建物のオーナーはお客がいなければビジネスにならないので、地震保険に入れるように改築するか、建て替えるしかありません。少なくとも現在のように「ひじょうに危険な建物が何のリスクヘッジもされず、入居者もそのことを知らない」という状況は改善されます。

理想的な仕組みだと思います。しかしレジリエンス性能が低い建物でも、大きな地震が起きたときは国が必ず経済的支援を行うので「地震保険に入らなくても大丈夫」と考えるオーナーがいるのではないでしょうか。

 それも大きな問題です。大地震が発生したとき、何も対策を行わずに全壊した住宅と、耐震改修を行っても運悪く全壊してしまった住宅を、国はどちらも同じ『全壊』として同じ金額を支援します。これは事前対策をした者にとって不条理なことです。投資に見合った見返りがきちんと存在することが大事です。
 首都直下型地震における建物の被害想定は、55.2兆円に上ります。とても国費で賄うことはできませんし、実はこれまで述べてきた地震保険でもリスクヘッジはできません。損害保険会社でのヒアリングによると、事業用建築物の地震保険に関するリスク充当資産は約1.6兆円しかないため「大地震のリスクを日本の損害保険会社が引き受けるのは事実上不可能」です。そのため、海外の損害保険、再保険、資本市場を含めたリスクヘッジ対応が必要です。

現時点では、地震で被害を受けた建築物の復旧費用を、損害保険会社が補償できないということですか。

 損害保険会社はその資産規模に応じたリスクしか引き受けられません。現時点では日本のリスクは大きすぎます。リスクを小さくすることと、リスクの引き受け手を広げる対策が求められます。
 たとえば地震リスクを債券化して、資本市場で販売するという方法があります。債券を買ってもらうためには世界に通じる評価方法を用いて、金融機関や債券市場関係者にも理解しやすい形でレジリエンス情報を提供しなければいけません。
 そこで研究初年度は、下図のように、震源情報、立地情報、建物情報、インフラ情報、建築利用情報などを用いて「この地域の、このような建物が大地震に遭った場合、建物の損傷による予想被害額は○○、休業による予想損失額は○○となるため、地震保険の料率は○%になります」と、わかりやすく表現できる評価手法について検討し、フレームワークを作成しました。

この指標は、既存の情報で算出できるのですか。

 震源情報や立地情報、インフラ情報などはデータが存在します。
 建物情報の一つである構造耐震指標「Is値」は日本独自の指標であるため、アメリカの耐震性能評価の基準である「IBC(International Building Code)」と比較して変換できるようにしています。
 建物の利用状況に関する情報も、ほとんどありません。そのため2014年から2015年にかけては、実際の建物がどのように利用されていて、利用の状況によってどの程度リスクが違うのかというデータを地道に集めていました。