九州大学大学院医学研究院・東京医科歯科大学大学院医歯学総合研究科 教授 小川佳宏先生インタビュー「エピゲノム記憶」の概念の確立〜生活習慣病の先制医療の実現に向けて〜(第1回)

なぜ、生まれる前後の栄養環境が、数十年後の病気に影響を与えるのでしょうか。

 生まれる前後の約1000日間、子どもの栄養環境はダイナミックに変化します。
 胎生期は、グルコース(ブドウ糖)がたくさん含まれた臍帯血で養われます。しかし生まれた直後から半年ほどは、脂質が豊富な母乳や人工乳などのミルクのみを摂取するようになります。そして離乳した後は、炭水化物を主とする経口の離乳食を摂るようになり、やがて普通食へと移行していきます。

(画像タイトル:栄養の摂取方法、および摂取する栄養素の種類は、生まれる前・出産直後・離乳後で、大きく変化している)

生まれた直後にミルクしか飲まない時期があるのは、よく考えてみれば不思議なことですね。

 哺乳類には、必ずミルクのみを摂る時期があります。ミルクの中には乳糖も含まれていますが、他の時期に比べると相対的に脂質の摂取が多くなります。私は、このように摂取する栄養素の変化が、臓器や筋肉、脳、神経などの成熟・発育に影響を与えていると考えています。
 ですが、まずは「生まれる前」の胎生期からご説明しましょう。
 胎生期は、母親から受け取った栄養をエネルギーとして、手足や臓器、神経などのさまざまな器官を形成する時期です。
 この時期に「オランダの冬の飢饉」のように、母親が十分な栄養を摂れない状態にあった場合、子どもは「自分が生まれ出る世界は栄養が不足している」と判断し、そうした環境でも生き抜けるよう、飢餓状態に耐えられる体質になると考えられています。つまり、わずかなエネルギーでも活動が可能で、余った栄養をしっかり身体に蓄えて飢餓に備えることができるのです。
 しかし、そうした体質で生まれた子どもが豊かな栄養環境で育つと、過剰な栄養を蓄える体質のため肥満になり、糖尿病や高血圧などを発症しやすくなってしまうと考えられています。