助成研究者情報(川口健一先生4)|安全安心な科学技術の振興:セコム科学技術振興財団

東京大学 生産技術研究所 教授 川口健一先生インタビュー「真に安全安心な公共空間のための天井工法と天井の安全性評価法の開発」(第2回)

 東日本大震災で天井が崩落した建物は、2000件から3000件といわれています。一方で2012年12月には笹子トンネルの天井が、2013年7月には静岡県の富士水泳場の天井が、いずれも地震が起きていない日に突然崩落しました。地震の有無に関わらず天井落下災害が起きているなか、国の対策はいまだに「耐震補強」に偏っており、天井を硬く重たくすることで逆に危険度を高めてしまっています。
東京大学生産技術研究所教授・川口健一先生インタビュー第2回目では、安心安全な公共空間づくりのため、天井を軽く・柔らかく改修した事例をもとに、人命を守る対策のポイントについて詳しくお伺いしました。

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1962年東京生まれ。1985年早稲田大学理工学部建築学科卒業、1991年東京大学大学院建築学博士課程修了。工学博士。1993年英国インペリアルカレッジ及びケンブリッジ大学工学部客員博士。
軽量空間構造、大規模集客施設の安全性、膜構造などの張力構造、可動式・展開型構造物などを研究。2001年世界初のテンセグリティドーム「ホワイトライノ」の構造設計。2004年日本膜構造協会論文賞、2008年日本免震構造協会技術賞(特別賞)、2012年日本建築学会賞(論文賞)等を受賞。

前回のインタビューでは、地震による天井落下災害の軽減について、耐震補強ではなく、天井からの落下物を防ぐための安全対策や天井の軽量化などが重要であるというお話しをいただきました。その中で、東日本大震災で被災した日本科学未来館が早々に膜天井に改修したとお聞きしましたが、先生はどのような経緯でその改修に関わっておられたのでしょうか。

 実は震災前の年末に、子どもを連れて科学未来館を訪れたことがありました。そのときにエントランスホールの天井を見て「この天井は危ない」と思ったのですが、いきなりそのような話をしても、信じてもらえるはずがありません。とりあえず写真だけ撮っていたのですが、すぐに3.11の東日本大震災が発生してしまいました。
  震災直後は情報が混乱していたため、私が科学未来館の天井崩落を知ったのは、震災から3、4日が経過したころです。慌てて電話をかけて、以前と同じ天井に戻さないでほしいと訴えました。

それは、地震で落ちた天井とまったく同じ天井が、再び取り付けられる可能性がある、ということでしょうか。

 はい。公共施設が被災したときは、国が定めた「官庁施設の総合耐震計画基準」に沿った当初の仕様に速やかに戻す「原状復旧」が基本です。法律や財政支援の制度もその流れを前提に整備されているため、原状復旧を行う場合はすぐに予算がついて、工期も短くなります。

しかし大きな地震のあとには、必ず余震が来ます。

 そのとおりです。3.11のときは避難が終わった後に天井が落ちたので、幸いケガ人は出ませんでした。しかし同じ天井を取り付けてしまったら、大きな余震が来たとき、今度こそ人命が失われるかもしれません。
  電話でそう訴えても、最初はなかなか信じてもらえませんでした。しかし私の専門分野や研究内容について話すと「その研究に関する資料を送ってください」と言われたので、すぐに送りました。すると間もなく連絡が来て、スカイプで館長とお話しをする機会が設けられたのです。

日本科学未来館の館長は、宇宙飛行士の毛利衛さんでしたね。

 毛利さんは「実はすでに原状復旧の工事が始まっていたのですが、あなたの研究資料を読んで、ストップさせました。今後どうすれば良いのか、詳しくお話しを聞かせてもらえますか」と言ってくださり、私の研究室まで足を運んでくださいました。そして、どのような改修を行うべきか3時間くらい話し合って、膜天井に決まったのです。

原状復旧の工事がすでに始まっていたのに、それを中止して膜天井に変えるというのは、大きな決断だったと思います。

 工期や予算、施設運営の再開時期を重視するなら、原状復旧は大きなメリットがあります。しかし科学未来館は毎日多くの来場者があり、小さな子どもが集まる場所です。安全面を最優先に考えるべきだという私の意見に、毛利さんも賛成してくれました。薄くて軽い膜天井なら、万が一余震で落下しても、人命に与える影響が少なくて済みます。

膜天井に変えることで、工期やコスト以外のデメリットはなかったのでしょうか。

 膜天井は薄くて柔らかいため、もとの石膏ボードと比べて、防音・断熱効果は低下します。しかし科学未来館の天井の高さは30mもあるので、もともと音や熱を防ぐ機能は期待されていませんでした。また、膜には重い設備を取り付けることができないのですが、エントランスホールにはそうした設備も必要ありませんでした。
  前回も少し触れましたが、震災によって多くの施設で天井落下が発生する中、毛利さんは「科学未来館が、復旧のお手本になりたい」という熱意をお持ちでした。私もその思いに共感し、二人三脚で復旧に取り組んだ結果、3か月という短い期間で工事を終えることができました。公共施設が原状復旧ではなく改修を行い、3か月で再開したという貴重なケースを発信できたことが、3.11関連で最も大きな成果でしたね。