助成研究者情報(神崎亮平先生 光野秀文先生5)|安全安心な科学技術の振興:セコム科学技術振興財団

東京大学先端科学技術研究センター  生命知能システム分野  神崎亮平先生 光野秀文先生 インタビュー「昆虫嗅覚センサー情報処理による匂い源探索装置の開発」(第2回)

では、セコム科学技術振興財団の助成研究による匂いセンサについてお教えください。

  まず、カイコガに注目し、カイコガ自体を匂いセンサにした「センサ昆虫」を作り出しました。カイコガのオスはメスの匂い(フェロモン)に反応し、追いかけます。このときフェロモンを感知する匂いのセンサを遺伝子改変の技術をつかって、別の特定の匂いに反応できるようにしたのです。これを「センサ昆虫」と呼んでいます。このような遺伝子操作をしても昆虫脳とその後の行動発現は変化しないので、このようなことが可能なのです。この「センサ昆虫」は、特定の匂いをフェロモンの代わりに探索するのです。

昆虫自体をセンサにするとは、奇想天外な発想ですね。

  はい。つぎに、センサ昆虫が可能になったのと同じ原理を用いて、「センサ細胞」を作りました。これには、ヨウトガの卵巣の細胞をとりだして培養したものを使用しています。Sf21細胞といいます。Sf21細胞のゲノムに、匂いを受容すると電気(イオン)を通すタンパク質(嗅覚受容体といいます)の遺伝子を導入したのです。すると、本来匂いには反応しなかったSf21細胞が、匂いに反応するようになります。匂い分子が嗅覚受容体にキャッチされると、この受容体をとおしてカルシウムのイオンが細胞内に流れるようになります。そこで、カルシウムに反応して蛍光の強度が変化するタンパク質をつくる遺伝子もゲノムに導入しました。すると、匂いに反応して細胞内に入ったカルシウムがこのタンパク質と結合して蛍光が変化します。匂いに反応して光る細胞ができたわけです。

特定の匂い分子に対して、光って反応するセンサができたということですね。これなら、いちいち、ガを飼って、その動きを観察する手間が省けますね。

  「センサ昆虫」、「センサ細胞」には、それぞれ用途があります。
Sf21細胞に、カイコガのフェロモン受容体の遺伝子を導入した例を紹介しましょう。カイコガのフェロモン受容体にはBmOR1とBmOR3の2種類があり、それぞれカイコガの性フェロモン、BombykolとBombykalを選択的に受容できることがわかっています。これらのフェロモンの名前はカイコガの学名Bombyx moriにちなんで命名されています。そこで、BmOR1とBmOR3をゲノムに導入したSf21細胞をつくり、BombykolとBombykalに対する反応を見てみました。図の上がBmOR1を発現したSf21細胞です。反応の大きさを色の変化で表していますが、Bombykolの刺激で反応しているのがわかります。下の図は、BmOR3を発現したSf21です。こちらはBombykalに反応しているのがわかります。グラフからBmOR1はBombykolのみを、BmOR3はBombykalのみを検出していることがおわかりいただけると思います。また、感度については、300nMという非常に低い濃度でも検出できることがわかりました。これはだいたい70ppbに相当します。フェロモンだけではなく、食べ物や花などの一般臭を受容する嗅覚受容体の遺伝子を発現させても、反応を見ることができます。従来の半導体センサや水晶振動体センサは応答時間が分単位であるのに対して、このSf21細胞を使った匂いセンサは13秒程度で応答が得られます。

応答の安定性能については、いかがでしょうか。

  これら2種類のセンサ細胞を6ヶ月間冷凍保存した後、融かして培養をはじめ、10日後と2ヶ月後に、応答に違いがあるかを比較しました。その結果、いずれの日数を経過したセンサ細胞でも、応答する細胞の割合や蛍光の強度は冷凍前とは変わらず、有意な差は見られませんでした。このことから、センサ細胞は、長時間にわたって同じ性能で使用できることが分かりました。
  今後は、様々な嗅覚受容体を発現させたセンサ細胞を作り、アレイ化したセンサチップを開発する予定です。これにより匂い物質の違いをセンサチップの応答パターンの違いとして検出することが可能になるでしょう。また、センサチップを小型化することでコンパクトになり携帯性が向上することから、これまでは計測が困難であった地点など、様々なシーンでの計測も可能になると考えています。
  感度、選択性、応答時間、安定性、携帯性など改善していくことで、実用に近いレベルのセンサが開発できると考えており、高額の助成金をいただいたことに対する、ご恩返しになると思っています。

具体的には、どのような方面での実用化をお考えでしょうか。

  冒頭で申し上げたように、空港の税関などで麻薬や爆発物、肉などの検疫をおこなう使役犬を支援したり、使役犬にかわってそれを検知するセンサとして実用化が期待されます。また、人間の呼気を計測する病理診断センサです。これにより、がんや貧血、糖尿病などの病気を早期発見できるのではないかと思います。がんからはジメチルトリスルフィドに由来する腐敗臭が、貧血からは乳酸やアンモニアに由来する酸っぱい臭いが、糖尿病からはケトンに由来する芳香性の甘酸っぱい臭いがするといわれているからです。
  また、リアルタイムの匂い検出が可能になれば、家庭やオフィス、工場などで不審者が侵入したことを知らせたり、災害現場で埋もれた人を発見したりすることもできるかも知れません。
  匂いの検出は今、犬が中心ですが、犬がおこなっていることを、このセンサでできるように研究を進めています。