リスク状況下での人間行動の進化

人が合理的でない行動をするのはなぜ?

人々の行動は、ときに数学的合理性から大きく外れる事があり、それはリスクや危険が伴う状況下で特に顕著になります。

2011 年9 月11 日にニューヨークで発生した同時多発テロ事件のあと、およそ1年にわたり航空機の利用客が激減し、代わりに自動車の利用者が増加しました。

自動車と航空機の安全性では、自動車の方が危険だといわれ、人命が犠牲になる確率には二桁もの開きがあります。そのため自動車の利用者の増加で、交通事故死亡者が約1500人増加したという評価もされました。

このような人々の不思議な行動の理由は何なのか。それは進化により設計されたというのがひとつの答えです。


進化とシミュレーション

この研究ではエージェントシミュレーションという技術を利用して解析を行いました。

コンピューター上のエージェントは、1日に<便益、コスト、危険>の3点セットを1つ選びます。このとき「便益」と「コスト」の差をエネルギーとして受け取り、その分だけ生きながらえることができるのです。ただし「危険」によって直ちに死亡する可能性もあります。

エージェントはどのような<便益、コスト、危険>のセットを選べば、子孫を残して生きながらえられるか、その情報は遺伝子として受け継がれていきます。これを繰り返すことで、エージェントは上手な選択のできるものへと進化をしていくのです。

またエージェントを、より生物のモデルに近いものにするため「ライフヒストリ」という概念を応用しました。ライフヒストリとは、生物の基本的な行動様式や生存戦略を表します。多数の子を産むか少数の子を産むか、利他行動を取るか否かなどさまざまです。

例えば、人間のライフヒストリを持たせたエージェントを進化させると、次のような遺伝子プールの図ができました。

人間のライフヒストリを持たせたエージェントの遺伝子プール

この図は、利益と安全性の度合いの分布を現し、明るい部分ほどエージェントが頻繁にその行動を選択したことになります。

利益が大きく安全性が高いQ1領域は進化的に有利で、ここが最も選択されたのは合理的だと言えます。しかし、次に明るい領域であるQ4は、危険が多いが利益も大きい領域です。利益を追求することで危険を受容するというのは、ときに合理的でない行動をするという人間の性質に似ています。

3点セットの数値を様々に変えてシミュレーションすると、3つのグループに分かれました。「人口が安定するグループ」「人口が安定しないグループ」「絶滅するグループ」です。

「人口が安定するグループ」の遺伝子プールをみると、危険受容的な行動が進化していました。つまり、人間が合理的でない行動をするのは、そうすることで人口が安定するという進化を通じて形成された性質であると考えられます。

3つのグループの人口推移


人間以外の生物

ライフヒストリを変えると人間以外のさまざまな動物にも進化させることができます。

人間の特徴でもある社会性、そしてそれを成す利他性という行動がない場合どうなるか。また利益のみ追及する原始的な行動をする場合どうなるか。その結果は以下の通りです。

人間以外の生物の遺伝子プール

利他行動のない生物は、人間よりも強い危険受容的傾向を示すものに進化しました。それは利益と安全のトレードオフにおいて、安全を軽視するような性向だといえます。

原始的な行動の生物は、常に利益を追及し、安全という価値観のないものに進化しました。このライフヒストリの生物は、子供が大量に生まれ大量に死亡するという特徴を表しています。

これらの結果から、危険を受容して利益を追求するという行動の傾向は、生物がもともと持っている性質だと考えられます。むしろ進化の過程で利他性のような複雑なライフヒストリを獲得し、危険を避ける高度な行動を身に着けたことこそ、人間ならではの特性と言えるのではないでしょうか。