SECOM RUGGUTS

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四、強肴 熱すぎる観戦記トップイーストリーグ

第7節
2015年11月14日(土) 12:00キックオフ
セコムラガッツ 0 038 55 三菱重工相模原ダイナボアーズ
017

これから始まる栄光は山下誉人と共にある。パワーとスピードを搭載した暴れん坊のブルース
スタメンに戻ってきたNo.8山下誉人が得点力アップの起爆剤となる
 捨て試合は作らない。「オレたちはそういうチームじゃない。戦うことでまた強くなれる」。CTB姫野拓也のメインメッセージがすべてを物語っていた。
怪我人が相次ぎ、肉体疲労もピークに達する終盤戦。翌週に控える東北遠征、負けられないアウェー連戦。それでも出し惜しみは一切なかった。対三菱重工用のベストメンバーを編成し、王者を本気で倒しにいく姿は勇ましかった。「壁に跳ね返されたが収穫の多いゲームだった。成長している上にまだまだ伸びしろがある。前進あるのみです」(岡本信児ヘッドコーチ)。

 存在自体濃ゆくはないが、いまや押しも押されもせぬチームの大黒柱、LO西川匠はどこか遠くから俯瞰するように選手たちを見ていた。目線の先にいるフィフティーンの中には西川自身の姿もあった。「確実に差は縮まっているけどもっとやれるはずだった。特に自分のパフォーマンスには納得がいってないです」(西川)。
ラインアウトリーダー、FWの舵取り役。昨季までバイスキャプテンを務めるなど西川に課せられる責務は大きい。2009年にラガッツが会社の強化中止となってからは常にチーム運営の輪にいた。「いま思うとこうしてラグビーをやっていることが不思議です。安っぽい言い方をすれば運命みたいなものを感じずにはいられない」──

 北海道・函館で生まれ育った西川。今季ラガッツは創部30周年の節目に函館で一週間の夏季合宿を張った。「嬉しかったです。全国大会をやるような場所でもないし、もうラグビーで帰ってくることはないと思っていたので。お世話になった協会の佐野さん(=秀一郎氏)や石井先生(=勝氏、元日本協会A級トップレフェリー)にもお会いできた。友達にもここまで続けている姿を見せられたし、あらためて函館っていいなと思えた」。
 母校の函館北高は統廃合により、その赤と白のモダンな校舎は惜しまれつつ形を消したが、合宿の中日には北高跡地に作られた函館フットボールパークで、函館ラ・サール中の学生を相手に熱血指導。地元メディアの取材はローカルスターの西川に集中した。その甲斐もあってか、兄貴分の函館ラ・サール高が今年、南北海道大会決勝で札幌山の手高の十六連覇を阻み、悲願だった初の花園切符を手にしたのだ。
 底抜けに明るいキャラクターではないが、集積されたナレッジの玉手箱だ。そして寡黙にして無休のワークを続ける生きとし生ける超人だ。チームイベントがあればさりげなく集合写真を撮りSNSへ投稿。ラグビーのモチベーションムービーや結婚式の余興まで、動画編集の腕に長けた演出家としての一面も併せ持つ。

 元々は公務員志望だった西川、ラグビーは大学までと決めていた。同郷である当時のセコムラグビー部長、中村康司氏(現・本社研修部参与、本年12月で定年退職)からの誘いにも、丁重なお断りを入れていた。「何社からかお話はいただいていましたが、すべて断っていました。地元に帰るつもりでいたし、ましてセコムは同じ大学で同期の藤田(=大吾)が先に決まっていたので絶対に嫌だった」(西川)。だが秋も深まって心変わりする。公務員試験の狭き門にぶち当たって行き詰まる最中、信頼を寄せていた黒岩純コーチの進言が背中を押してくれた。「かつてラガッツでも指導されていた黒岩さんから『セコムの人が来てるから話聞いてみないか』と言っていただいて」。グラウンドで対面したのはこちらも当時ラガッツのチームディレクター職にあった大村武則氏(現・日本代表チームマネジャー、先のW杯までエディ・ジョーンズ前ヘッドコーチを支えた陰の立役者)だった。
「3年やれればいい方かな。それぐらいの気持ちでした。社会人で通用するとは思っていなかったし、体重も85kgのヒョロヒョロだったのですぐにクビ切られるだろうと。その前に自分でジャージーを脱ぐつもりでいました」。しかし入社2年目のオフ、チームを取り巻く環境は一変。辞める理由はなくなり、そこから7シーズン目。公式戦70戦全試合フルタイム出場、いまなお続く連続出場記録5869分は燦然と輝く大記録だ。「あのときは悔しかったし腹も立ったけど、いまとなればいい1年を過ごさせていただいて。人生のプラスにもなったと感謝しています」(西川)。

声を出すCTB姫野拓也の統制でFWも生きる
 王者三菱に挑む。勝ちに行く。足掛け7年、連続出場70試合目に到達した西川にも今年のチームの充実は手に取るように分かった。前半5分に先制されるもその後はラガッツが押し込む展開。25分を経過してなお0-7のスコアに「もしかして」の予感が漂う。
 だが、課題の連続失点癖がここで顔を覗かせてしまう。前半ロスタイムだけでノーホイッスルを含む3トライを喫し、あっという間に0-38とされ「スタッフの方が勝つための準備をして、今年は勝てるんじゃないかという空気の作ってくれて。それにみんな乗っかれたはずだったのに、前半最後のところでストップが掛かってしまった」(西川)。コミュニケーションで補えた失点、気持ちを切り替えきれなかったメンタルの弱さ。後半も20分までスコアが動かなかったことを考えれば、手ごたえとそれ以上に悔やまれる結果だった。
「あと20点失点は抑えられた。自陣からの戦い方をもっと選手たちに徹底させるべきだった」(岡本ヘッドコーチ)。
 西川は西川自身のプレーを見ていた。隙あらばと積極的にボールをもらい前に出た。それでも「自分にマルはつけたくない。合格点は与えたくないです。理想と現実のギャップが開いているというか。自分が満足に練習できていない部分、チーム力でカバーしてもらっている状態」。No.8だった2年前は測定でバックス並みの数値を叩き出していた走力も衰えが始まっている。「意識はできているけどジレンマはあります。極論を言ってしまえば僕に代わる人がいたら試合に出られていないんじゃないか」。常に自分に正当な評価を下し、わきまえてきた西川だからこその純な想いがある。気に掛かるのは同じポジションの仲間の存在。丸山隆正、海老沢洋、立道裕昭・・。「しのぎを削っているのは僕の相方ばかり。頑張っていてもなかなか試合に出られない立道の分まで、と思うと歯痒さは拭えない」。

 3年連続、勝ち星なく江戸川の戦いを終えた。首位の三菱重工相模原を相手に初めて本気で勝利を意識した。手も足も出なかった2年前は屈辱の103失点。昨年、失点は大幅に回復し、今年も見せ場こそ作ったが、ジャイアントキリングはお預けとなった。
 最近は思う。自分自身の引き際を。家族を愛し、仲間のことを心から大切にし、勤勉に働く。そのバランスを保つのは容易いことではないが「これでいい」と思える境地に辿り着くまで、あともう幾許か戦い続ける覚悟だ。
「まずは残り2試合、地に足をつけた試合運びをしたい。苦しい時も我慢して声を掛け合って。準備してきたものをしっかりと出し切る。自信を持って挑みたい」。今年も入替戦送りとなってしまうのか、それとも自力でリーグ残留を決め未来への第一歩を踏み出すことができるか。ラガッツのラストリゾートは傷だらけの守護神に他ならない。
【小谷 健志】
No.8 山下 誉人
No.8 山下誉人

チームの得点力アップを見込まれての入部、今季のリーグ戦のキーマンにも指名された山下が、シャットアウトされた試合で初のMOM獲得とは皮肉なものだ。途中でケガ欠場したが、期待に違わぬ活躍でここまで3トライ。この日もボールを持てば必ずゲインラインを突破し、大敗の中にもアグレッシブさを忘れず一人気を吐いた。残り2戦では勝って本賞の獲得を狙い、シーズン年間MOMの座も視野に入れる。