SECOM RUGGUTS

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四、強肴 熱すぎる観戦記トップイーストリーグ

第1節
2015年9月13日(日) 17:00キックオフ
セコムラガッツ 13 724 52 横河武蔵野アトラスターズ
628

明暗分けたベンチワーク。岡本信児ヘッドコーチが初陣で得た苦い教訓とは
不甲斐なさにブチ切れ、トライに雄叫び。濃密な喜怒哀楽が詰まるNo.8渡邉庸介
 眠れぬ夜を過ごしていた。数時間前に終わった試合のビデオを今夜は見ないでおくことにした。きっと答えが見つからない、そう思ったからだ。
 必勝を期した初戦だった。チームの指揮官である岡本信児は、限られた環境の中で万全に近い準備をして開幕の日を迎えていた。今季からヘッドコーチに就任、まず昨年までの課題であったディフェンスの整備に着手した。  日々の練習では「しょぼいアタックを相手にしていたらいつまでもディフェンス力が上がらない」(岡本ヘッドコーチ)とアタックのベーススキルを上げるように努めた。すると「まだ物足りなさを感じている」という組織的な守りよりも先に、攻撃的に磨かれた状態でチームという名の生き物は仕上がった。

 開幕の相手は横河武蔵野アトラスターズ。直近5度の対戦でわずか13得点しか奪えていない。いかにしてこの分厚い壁をアイデアと勇気でこじ開けるか。残暑厳しい日曜日のナイター、グラウンドに集まった大観衆の前でラガッツは最高の立ち上がりを見せる。
 キックオフから全員で前に出て身体をぶつけ、低いタックルを突き刺し相手の出足を寸断する。劣勢が予想されたセットプレーでもファーストスクラムは互角。ラインアウトでも思わぬ選手が空中に舞い、マイボールを確保する。次第にいい勝負ができそうな予感と期待に包まれていく。
 敵陣でアタックを継続して迎えた前半11分、ラガッツはラックを連取しながら前進し、22mエリア内に進入。トライチャンスを迎える。SH向井康洋から右に展開し、大外でボールを受けたFB加藤祐太が一閃。二人に囲まれるが内にパスを返し、フォローしたPR中島崇裕がインゴールを陥れた。
 トライ、先制したのはラガッツだった。さらに本郷伸太郎が右隅からの難しいコンバージョンを決める。7-0、ベンチもサポーターも興奮のるつぼと化した。だが、すべてはここだった。岡本は翌朝、出社前に試合の映像を見返した。なぜ負けたのか。答えは明白だった。

「落とし穴に落ちた。それに尽きます。先制トライの瞬間、皆が揃っていけると思ってしまった。今日は勝てるぞと。グラウンドでは次のキックオフに備えて集中とか声は出ていたが、まだツメを隠していた相手が目の色を変えて襲い掛かってくることを伝達し、気持ちを締めることができなかった。頭の中では次の得点が勝手に描かれた。油断、過信、慢心。すべて私の責任です」。
 本来、勝ち負けの責任の所在はシェアされるべきものだ。指示する側にもプレーする側にも一定の責務が存在する。だがこの試合の分かれ道を辿ると、やはりコーチとして強い後悔が残った。「横河は試合前から危機感を持って周到な準備をしていたはず。自分たちが負けたマツダに勝ったセコム。当然、強者に噛みついてくるだろうと。あの先制トライで完全に火がついた、その瞬間を見抜くことができなかった」(岡本ヘッドコーチ)。
 立ち上がりの10分、激しくファイトできたラガッツは、一転攻勢を仕掛けてきた横河の本気を受けてしまう。すぐさま同点に追いつかれるが、直後のプレーで横河のキープレーヤー、FL延權祐が危険なタックルでシンビンに。10分間退場となると、どこかでホッとしたのかまたしてもラガッツのペースは上がってこない。逆に一人少ない横河に勝ち越しを許し、リードを広げられる始末となった。
 そして「まだ横河は本気を見せていないのではないか?」。ずっと岡本の中でそんな疑念が残っていたスクラム。嫌な予感は現実となる。34分、自陣ゴール前のマイボールスクラムで猛プッシュをかけられる。スクラムは崩れ落ち、判定はラガッツのペナルティ。精神的なダメージを負って、17点ものビハインドを背負って前半を終えた。


FB加藤祐太は2トライと気を吐いて量産態勢に突入
「挑戦者らしく痛いことを厭わず、80分間ファイトし続けなければならなかった。自信を持って臨んだのに反対に普通に戦ってしまった。挑戦者の普通は弱かった」(安藤敬介戦略・分析担当)。早く追い上げたい後半は本郷のPGで徐々に点差を縮め、終盤での逆転を狙ったが、ミスとペナルティをそのまま失点につなげられ点差は大きく開いた。
 思えばハーフタイムの円陣でもトップレベルを肌で知るSH岡健二が戒めていた。「ミスは仕方ない。でもルーズボールへの反応でことごとく相手に負けている。挑戦者の立場のオレたちがそこで負けてどうすんだよ」。その通りだった。「気づかないうちに試合に勝つことばかりを考えて、目の前の相手と一つひとつの局面で戦うことを忘れてしまった。あらゆる局面での勝ちを積み重ねることで初めてゲームに勝利することができる。ひたむきさが足りなかった」(姫野拓也運営委員)。30周年のシーズン、初戦の完敗は必然だった。
 3歳から狭山で育った岡本。ラガッツとの関係は数奇な運命と共にあった。何度もラグビーと離れては戻る人生。離れることのできない見えない糸で結ばれている。一度目は大学4年の時。「このシーズンは最悪でした。方向性を失った年だった」。
大好きなラグビーに疎ましさすら覚え、卒業して競技を離れた。当時の専門誌「ラグビーマガジン」を紐解くと進路は「カナダ留学」と記載がある。「実際に留学も考えましたがそこは青かった」(岡本)。

 自分の軸がなくなり1年後、クラブチームの曼荼羅に入団。一橋大のグラウンドを借りて活動し、集まるメンバーは学生から社会人、フリーター、居酒屋店員、教員、ミュージシャンなどなど。ザ・クラブチームと呼ぶべきあまたの人種のるつぼだった。「それでも練習は一生懸命、みんな自分を発揮できる場所はここしかないって感じが楽しかった」。再びハートに火がついた。
 25歳で地元・狭山のセコムのグラウンドに飛び込み、練習生として参加。翌年入社し、8シーズンプレーした。しかし会社の強化中止方針を受け、有志でリーグ戦を戦った09年、岡本の姿はフィールドになかった。「一度スイッチを切ってしまった。試合は見に行ったけど自分が帯同していない現実はツラかった」。翌年現役復帰。できる限りのことをすればいいと悟った。引退後はスタッフとしてチームに携わってきた。

 静かな炎を燃やす情熱家である。サラリーマンをやりながらのコーチ稼業は楽ではない。孤独との戦いだ。それでも選手のため、チームのため一切の労を惜しまない。平日練習後、家に帰り午前1時すぎからパソコンを開く。練習メニューを考え、選手たちの状態をチェックする。キーボードを押したままリビングで落ちている毎日だ。
 開幕戦。どうやって送り出せば選手が力を発揮できるだろうか。考えた末、岡本は自然に浮かんできた言葉を贈った。「もう一度、『ありがとう』。家族に、仲間に、多くのOB、社員の方々に。支えてくれるすべての人に。横河武蔵野アトラスターズのメンバーと彼らを支えているすべての人に。ラガッツの目標とするチームでいてくれることに。恩返ししよう。乗り越えることで、勝利することで、今度はラガッツが目標とされる番だ。試合終了のフエが鳴った時、それが支えてくれる人たちへ、最高の『ありがとう』になる」。
 良薬は苦かった。この先、さらに厳しい戦いが待ち受ける。二度と同じ轍は踏まない。

【小谷 健志】
PR 中島 崇裕
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2年目で活躍の幅を広げ、体重とともに存在感が増した。挑戦者として格上に挑むラガッツが一番大事にしたいルーズボールへの反応がよかった。また、タックルやサポート、キックチャージチャレンジなどボールを持っていないときの動きが光りBKsのラインに立ってフォローした先制トライは見事だった。「次こそはチームの勝利に貢献できるよう、さらに精進していきたい」(中島)。