SECOM RUGGUTs

トップイーストリーグDiv.1
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トップイーストリーグDiv.1 第4節

セコムラガッツ  24 秋田ノーザンブレッツ  52
開催日 2013年10月13日(日) キックオフ 14:00
天候 快晴/弱風 開催地 秋田市八橋運動公園球技場
レフリー 藤原 守(関東協会) 観客数 1,021人

失われたモノクロの世界、熱が影をひそめ泥沼4連敗。“稀代のサラブレッド・ニキ”原石が磨かれ再び輝きだす!

セコムラグビー部1:FL藤田選手
生命線はタックル、ベテランが実践せねばとFL藤田大吾は悲壮感
【PHOTOGRAPHED BY Yuca SHIGA】
 往年のラグビーファンなら誰もが知っている名前だろう。ましてアカクロをこよなく愛する貴方なら言わずもがな。
 益子俊志氏、茨城の名門・日立一高を花園出場に導き、早稲田大では体重70kgに満たない軽量ながらNo.8で主将を務め、SO本城和彦、CTB吉野俊郎らタレント揃いのチームを束ね対抗戦優勝。現役引退後は母校、早稲田大の監督、オックスフォード大ジュニアコーチ、7人制日本代表、学生日本代表などのコーチを歴任。厳しい指導と勝負師のまなざしで知られる人望厚き熱血漢だ。現在は防衛医科大の准教授として教鞭を執る。

 ラガッツの背番号14、益子仁紀は俗に言う二世ラガーに分類される。昨季、新人ながらほぼ全試合にフル出場(1試合だけ終了1分前に途中交代)、6試合連続を含む10トライをマークし、ラガッツのシーズンMVPに輝いた。ルーキーイヤーでのMVP受賞は、2001年入社の渡邉庸介以来となる快挙。
「それだけに今年、ひとつ上のリーグに上がって、自分の満足いくプレーができていない。いまは早く監督の信用を取り戻したい一心です」(益子)。
 開幕戦でよもやスタメン落ちして以来、益子の猛アピールは続く。そしてまだ勝ち星のないチーム同士の対戦、得点源である益子のチャンスメークに否が応でも期待が集まった。

セコムラグビー部2:PR中村選手
FWリーダーを務めるPR中村功知に引っ張る自覚芽生えた
 第4戦、秋田市営八橋運動公園球技場。スタンドは赤く染まった。秋田ノーザンブレッツの創部10周年記念試合。敵地、圧倒的アウェーにおいては、あらゆる外的要因を凌駕しなければラガッツの勝利は遠い。
 前半、強風下のラガッツは細かくパスをつないで敵陣に入るも、勝負どころのラインアウトでターンオーバー。そこからカウンターアタックを浴び先制トライを奪われると、徐々に歯車が狂い出す。チームの熱を体現してきた低く突き刺さるタックルは影を潜め、いとも簡単にラインを破られる。「個々の意識がバラバラ。負け癖がついてしまっている。大事な局面でまとまれなかった」(今村六十キャプテン)。キープレーヤーはトンガ代表のCTB、アラスカ・タウファとわかっていながら、何度も真ん中を抜かれては失点を重ねた。

セコムラグビー部3:CTB姫野選手
前半ロスタイムCTB姫野拓也のトライで反撃へののろし
 前半ロスタイム、0−26。勝つために乗り込んだ秋田でよもやの惨劇。しかし益子は諦めていなかった。タッチラインを割ったボールを「オレにくれ」と大声で要求。SH向井康洋がクイックで入れたパスを受け、一気に前進する。サポートしたCTB姫野拓也がゴール左隅に飛び込びトライ。ラストワンプレーで反撃ののろしを上げた。
 FB本郷伸太郎が難しいコンバージョンを決めて前半終了。19点差、後半は風上に立てる。逆転するにはギリギリの点差。後半立ち上がりの10分で流れを持ってこれるか。しかし、ラガッツはわずかに残っていた可能性を自らのプレー選択、判断の欠如でフイにしてしまう。
「ロッカールームの雰囲気、はりつめた緊張感のなさ。この状態では勝てない」(PR山賀敦之)。見るも無残な4連続トライを奪われ52失点。完全に勝負あり。これには遠方、東北の各県からバスやクルマで「ラガッツの初勝利をこの目で」と期待を胸に足を運んだファンもがっかり。言葉を失い静まり返るしかなかった。
 またしても恥ずべきワンサイドゲーム。色を失ったチームの立て直しは効かなかった。それでもせめてもの救いだったのは益子の動き。後半点差が開いてからも柔らかいラン、簡単にタッチに押し出されない身のこなし。パスをもらうたびに相手インゴールを脅かした。「ずば抜けたスピードはないがクイックネスがある。局面のプレーで間違った判断をしないので、ボールを失わない。ラグビーセンスがあるということ」(安藤敬介監督)。

セコムラグビー部4:WTB益子選手
昨季はチームのシーズンMVP、飛躍が期待されるWTB益子仁紀
 有名なラガーを父に持ちながら、全国区では無名に近い益子仁紀の名。その軌跡を駆け足で辿ろう。
 物心ついた頃から、常に楕円球は身近な存在だった。父がヘッドコーチを務めていた早稲田大の東伏見グラウンド(当時)に連れていかれるたび、益子少年はおかしな弾み方をするボールと戯れた。「それでも、父からラグビーをやれと言われたことは一度もなかった。自分の好きな道に進みなさいと。早実に受かったら野球部に入ろうと思っていたのですが、受験に落ちてしまい」(益子)。
 結果的には兄の宗大さん(現・日本ユニシス)を追うように國學院久我山中に進学し、ラグビー部の門を叩いた。中高一貫、“東の横綱”の異名を取る全国でも屈指の強豪校の猛練習で泥にまみれた。幸いにものびのび次男坊。蒼き青春にありがちな「アイツは益子の息子」というやっかみ、妬みの標的にはされずにすんだ。
 高1、2は花園でいずれもベスト16敗退。3年に上がりレギュラーの座をつかんだ益子は高校最後の冬に、悲願の全国制覇へ夢を馳せていた。菅平での夏合宿を終えると、とんぼ返りでオール東京のセレクション合宿に参加。そんな矢先、突如、病が襲った。
「2学期最初の授業に出て、何か身体の調子がおかしいなと」。放課後、グラウンドへ行くも体がパンパンにむくんだ益子を見て、トレーナーはすぐに病院へ行くよう指示。そのまま即入院となった。病名は「急性糸球体腎炎」。腎臓が機能不全に陥り、尿が出なくなり、老廃物が体にたまる。「最低1ヵ月は入院、半年は運動できないと言われて。高校ラグビーが終わりました」(益子)。
 薄暗い病室のベッドに仰向けになり、まったく味のしない病院食を口にして、空虚な心で天井を見た。空は見えない。「ケガをしたわけでもないのに。なんか涙も出なかった」。

セコムラグビー部5:SO小野木選手
バックスリーダーのSO小野木匠、初スタメンもほろ苦い内容
 花園ではウォーターボーイだった。久我山はまたしてもベスト16で敗れ姿を消した。最後の相手、天理高には立川理道(現・クボタスピアーズ)がいた。全国の頂点をめざした益子の6年間が幕を閉じた。
 父が早稲田、兄が明治というサラブレッド。大学のセレクションの時期である9月に入院したことで進学の話はすべて白紙になった。「周りが羨ましかった。こんな悔しいことはない。でも腎臓も治ったしラグビーを続ける道を探した」(益子)。
 進学先は順天堂大。ラグビー部員わずか20人。益子の入部当時は関東の大学リーグ戦にすら加盟していない地区対抗リーグに籍があった。翌年、関東リーグ戦6部からの出発。このレベルでは敵なしだった。“益子にボールを回せば全部トライ”。6部優勝、5部昇格。5部優勝、4部昇格。またラグビーができる喜びと常に背中合わせ、胸に去来したのはてっぺんをめざした男なりの闘争への飢えだった。
「社会人、最後のラグビーキャリア。ラガッツに来てもう一度上をめざせる。高校も大学も不完全燃焼だった。ここでは燃え尽きるまでラグビーをやり遂げたい。セコムに入社できたのも本当に不思議な縁を感じます。父が早稲田の監督時代に教え子だった敬介さん(安藤)がいまは自分の監督なわけですから」(益子)。

セコムラグビー部6:WTB石橋選手
早くトライが見たい、突進を繰り返したWTB石橋秀基
 夢破れて山河あり。谷底から何度も這い上がる息子の姿を、親は静かに見守り続ける。
 本稿の結びは、益子の偉大なる父の言葉で締めくくりたい──
「ラグビーとは人生そのもの。試合の中でうまくいくこともあれば、うまくいかないときもある。自分が納得したプレーをしても試合に負けることもある。自分のプレーが不甲斐なくても勝ってしまうこともある。自分ひとりでは何事もできない。たくさんの仲間がいて自分も頑張れる。自分が頑張って人をサポートしてやることもある。人生どちらに転ぶか、どこへ行くかラグビーボールと同じ。でも努力することで転がる方向も決められる」。
【the author BRAVO.K】
監督の目
監督 安藤 敬介
「重要なゲームに挑む覚悟や危機感に差があった」
 挑む覚悟や危機感に差があったように思います。選手たちにはこのゲームの重要性を認識させてきたつもりですが、浸透できていなかったということ。週の中でのピーキングにも誤りがあったのかもしれません。この現状を打開するためには、部員全員がゲームターゲットをしっかり理解して、実践すること。リアクションや体を張ることは言うにおよばず、一人ひとりが決して他人任せにならないこと。釜石シーウェイブスはラグビー界におけるヒーローです。やるべきことを絞って、やりきります。
セコムラグビー部7:安藤監督
マンオブザマッチ
副将 西川 匠
「勝つためには何が必要か、個々が徹底して考え準備する」
 個人の準備不足。もちろん気持ちの面も含めて。タックル成功率も低く、チーム一丸となって戦うことができませんでした。監督やリーダーに言われるだけではなく、個人で戦う準備をしなくてはダメ。前半と後半の入りで試合が決まってしまった。その後にようやく自分たちが動き出しても遅すぎます。勝つためには何が必要か、何をしたらよいのかを徹底的に考える。勝利への執着姿勢、チームとしてのまとまり。これが必要。次戦、ホームで戦えるのはうれしいこと。不甲斐ない試合はできません。
セコムラグビー部8:LO西川 匠
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