SECOM RUGGUTs

トップイーストリーグ
2009-2010

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トップイーストリーグ第10節

セコムラガッツ  0 東京ガス  76
開催日 2009年12月13日(日) キックオフ 14:00
天候 曇り/微風 開催地 秩父宮ラグビー場
レフリー 藤内 有己(関東協会) 観客数 3,388人

気力だけで戦っていた全身全霊をかけた大一番 次節ついにリーグ最終戦、胸に響く最高のラグビーを

 今季、最初で最後の秩父宮ラグビー場。ようやく帰ってきた聖地のフィールド上に、開幕からほとばしる情熱をたぎらせ、熱い試合を繰り広げてきたラガッツの面影はまるでなかった。エース不在、完治していない怪我をおしての強行出場。選手の誰もが満身創痍の体に鞭打っての戦いだったことはまぎれもない事実だ。
 それでも「どこかで甘さが出た。一人ひとりが自分の中で言い訳を作ってしまった。下手くそでもミスしてもいいから一生懸命やろうと言ってきた。必死にやってないわけじゃないけど、どうしてもこういう環境だからというのが頭の片隅にあって、点差がどんどん離れていくと簡単に抜かれてしまう。それだけは、今年のチームが絶対にやってはいけないこと」(渡邉庸介監督兼任)。
セコムラグビー部1:タックル
タックルとは=仲間を思う気持ちから生まれるもの
【PHOTOGRAPHED BY YUKA SHIGA】
 人には長い人生の中で出会う、大切な言葉というものがある。前節の横河電機戦のロッカールームで、荒川泰チーム代表はその一句を選手たちに授けた。
 1998年1月、セコムが当時の東日本社会人リーグ初昇格をかけた新日鉄釜石との入替戦。敗れはしたが試合後、セコムラグビー部の祖・ターザンこと橋本晋一さん(1998年永眠)がしたためた手紙は、今も荒川代表の宝物だ。何のためにタックルするのか、もちろん勝つためであり、相手に得点させないため、ボールを奪うためである。しかし、そのいずれよりも尊い気持ちこそが真理だ。
「タックルとは、仲間を思う気持ちから生まれるもの」。
 今年、ラガッツは「One Team」を合言葉に自分を信じ、仲間を信じて戦ってきた。思いはそれぞれだが、勝ちたい気持ちは一つだ。中には、43歳にして初めて秩父宮のグラウンドに足を踏み入れた人間もいる。この試合の代表代行を務めた酒井典雄チームサポーター。セコムラグビー部創生期のメンバーだ。創部当時のセコムは関東社会人リーグ4部。秩父宮なんて夢のまた夢の舞台だった。その場所に今年、チームスタッフの一員として立つ。試合前のロッカーで、選手一人ひとりの名前を呼んでジャージーを渡し、こみ上げる思いを必死に抑えながら、これからプレーする仲間に特別な思いを託した。
セコムラグビー部2:山田選手
不屈の精神力で靱帯損傷を抱え強行出場した山田久郎
セコムラグビー部4:今村選手
今村六十の泥臭く必死に前に出るプレーはラガッツの誇り
 試合は前半、思わぬ形で始まった。ラガッツボールのキックオフ。それをキャッチした東京ガスはパス一本でラインの裏に出るとそのままゴールへ一直線。ノーホイッスルトライで先制された。3分にはCTB中浜聡志のトライ。さらに、密集の近いエリアで前に出られると、人数が余ったところで勝負され、東京ガスのWTB西尾風太郎のスピードあるランニングの前になすすべなくトライの山を築かれた。
 劣勢で進む試合の中でもCTB今村六十やWTB河村雄二が抜け出し、たびたびビッグゲインするシーンも訪れたが、フィニッシュまでは至らず。ジャッカルの巧い東京ガスのNO.8ジェームス・マハーに絡まれ、敵陣深くまで運んだボールをことどとく失った。また、ディフェンスでも膝に爆弾を抱えながら、ゴールラインを背に仁王立ちするFL渡邉監督兼任の起死回生のインターセプト。横河電機戦で靱帯を損傷しながら、会社の休暇制度を使って治療を続け、執念でメンバー復帰を果たした山田久郎のタックル、さらにはIBM戦で今季絶望の大怪我を負ったキャプテンの姫野拓也も、奇跡的な復活を遂げた。
「試合の後は自力で歩くことすらできなかった。それでも橋本さん(=寿樹トレ−ナー)に献身的にケアしていただいたおかげで、見違えるように回復しました」(姫野主将)。それでも、試合出場は絶望的だった。「どうしても間に合わせたくて。兄の知り合いで大阪に肉離れの権威がいると聞いて。2週間先まで予約がいっぱいと言われたけど、無我夢中で頼みこみました」。一路、大阪まで飛びNASAが開発したという最新鋭の電気治療器をあてた。
「先生から死ぬほど痛いので、電気をあてる前に気持ちを作れと言われて(笑)血腫を取り除くのが尋常でない痛さで。汗だくでした」。まだ普通に歩くこともままならない状態で「前半もてば」という回復レベルだったが、試合終了まで攻守に体を張りチームを鼓舞した。
セコムラグビー部4:安藤選手
骨折の痛みを振り払い、ピッチに立ち続ける安藤敬介
セコムラグビー部5:浅野コーチ兼選手
8年ぶりの現役復帰・浅野和義コーチ兼任が突き刺さる
 もはや気力だけで戦っていた。だが、前半だけで6トライを奪われ0−34。「走らな勝たれへんて。点差なんかどうでもええやろ。もっぺん0−0だと思ってやらな」。当日入りで兵庫から駆けつけた長井達哉が檄を飛ばしたが、自らの不調もたたり、後半は前節に続きリザーブ7人を全員投入する総力戦となった。後半開始から15分以上はスコア動かず。精神と肉体の限界に挑み、粘りに粘ったが19分、とうとう東京ガスにトライを奪われると頼みのディフェンスが決壊。ラスト20分はサンドバックだった。
 最終スコアは0−76。ポストシーズンを除くリーグ戦での完封負けは実に12年ぶりの屈辱。しかし、これほどまでに叩きのめされてもなぜだろう。希望の灯りは消えない。日本代表からトップリーグ、学生ラグビーまで幅広く撮影しているプロカメラマンの志賀由佳さん、長尾亜紀さんは口を揃える。
「毎回不思議に思うんです。これだけワンサイドのゲームになったら、普通は狙えるシャッターチャンスもないし写真が減るものなんですが、ラガッツだけはいつも以上の枚数が撮れているんです。選手たちの姿を見て自然と気持ちが入ったからかもしれませんが、点差ほど力の差も感じませんでした」。
 そう、気持ちは感じることはできた。ラガッツが頑張っていると聞きつけて、多くの社員やファン、家族が応援に駆けつけたこの日。スポーツ観戦自体はじめてという20代の女性社員は「見にきて本当によかったです。試合は残念でしたけど、日曜日からラグビーファンになりました。将来子どもができたらラグビーやらせたいです」。
 どれだけ点差が離れても、席を立つことなく最後まで声援を送り、ハーフタイムに流れたプロモーションビデオの映像に拍手を送っていた原口兼正社長の姿も印象的だ。社長と共にスタンドで観戦した伊東孝之取締役法人営業本部長も「この状況の中であきらめずによくやっていた。かつてトップリーグにいた頃のラガッツよりひたむきさがあった。敬意を表したい」と目を細めた。
セコムラグビー部6:ノーサイド
最終戦、1年間やってきたことすべてを出しきる
 まだ暑かった9月に開幕したトップイーストリーグ。長かったようで、あっという間の3カ月だった。次節、ラガッツはついに最終戦を迎える。どこまで遠くへ行っても、ゴールは自分の手で定めしもの。ラストマッチのその先にあるものは。以下は1年間、選手兼任のマネジャーとして総務の役割を担ったHO安藤敬介が、三菱重工相模原戦のメンバー表を添付し、全部員に宛てて送ったメールだ。
「最終戦を控え、語りつくせない思いがあります。厳しいチーム状況ではあったけど、日々に何かしらのドラマがあり、感動し、8年間ラガッツにいて過去には感じたことのないチームへの愛を自分の中に感じました。みんなとラグビーがやれてよかった。本当にありがとう。2月10日から今の今までそうだったように、三菱戦『One Team』で戦おう」。
 命を惜しむな、名を惜しめ。きっと神様は見守っていてくれる。

セコムラグビー部7:渡邊監督 監 督  渡邉 庸介
「最終戦は全員が80分間前に出て、あきらめずに戦う」
 キックオフ直後のノーホイッスルトライとスクラムからのトライでいきなり悪い流れになってしまいました。何本も簡単にトライを取られ、選手たちの気持ちが切れてしまったところがありました。誤算だったのはディフェンス。内側を抜かれないようにすることを重点的にやってきましたが、そこで劣勢になり相手にいいように走られてしまいました。最終戦、全員が最後まで前に出る、あきらめないで前を向いて戦います。

セコムラグビー部8:姫野主将 主 将  姫野 拓也
「残り1戦、2月10日からやってきた集大成を出す試合」
 久々の秩父宮で大勢の方が応援に来ていただきました。それに応えたい思いが強く、抜かれないようにという意識ばかりで思い切ってディフェンスが前に出ることができませんでした。アタックに関してはこの1週間、キャリアを一人にしない、キャリアに対して常にオプションを与えられるよう修正しました。これだけの気持ちを持ってやってきた1年です。最終戦はなんとか勝ちたい、それだけです。

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