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2012 Hot News

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石巻で3度目となるラグビースクールを開校

僕たちは東日本震災で多くを失い、多くを学んだ

セコムラグビー部1:ちびっ子からは人気No.1のFL藤田大吾
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【PHOTOGRAPHED BY Yuca SHIGA】
セコムラグビー部2:ルーキーのFL撫佐俊介は綱引きや駆けっこで無邪気な笑顔
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セコムラグビー部3:ルーキー・・・に見えないがPR田沼慶は力自慢で子どもと交流
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 7月21日(日)、宮城県石巻市の石巻専修大学で、震災後3年連続の被災地訪問となる、セコムラガッツのラグビースクールが行われた。
 今年は、選手たちの所属本部・事業所の多大な配慮もあり、日程勤務の都合でどうしても参加できなかった松本聖と、中国に赴任となりチームを離れている前キャプテンの升本草原以外、計33選手が揃い東北でのボランティア活動に加わった。
 未就学児から高校生まで、総勢100名近くの幅広い年齢の子どもたちを複数のグループに分け、それぞれのレベルで指導。炎天下の中、真剣に向き合った2時間あまりのクリニックでは、子どもたちと選手の間にも深い絆が生まれた。
 グラウンドにはラガッツの熱心なサポーターでもある、セコムの大和田伸明・宮城統轄支社長が差し入れに訪れた。「こうして毎年選手たちが来てくれるのはうれしいこと。今年は秋田での試合もあるので東北のみんなで応援に駆けつけます」(大和田統轄支社長)。
 あの大震災から3度目の夏。決して風化することのない現実。半年経っても瓦礫の山で海岸沿いは強い臭いが立ち込めていた1年目。家屋だけが取り残され、ガランとした景色が続いていた2年目。今年の石巻は人々の生活する息吹が聞こえ、そこだけを切り取れば、過去を忘れてしまいそうな静かな港町の風景が広がっていた。
 しかし、変わらずに仮設住宅はあり、女川の沿岸部では、津波で亡くなった署名活動をしている人たちもいて、あの日、一瞬にして失われたあまりにも多くの命や、土地や、風景を。今後どのように語り継ぎ、どう復元して取り戻していくのか。「復興」にはまだまだ時間が掛かるということを選手たちは思い知らされた。
セコムラグビー部4:食事も立派な復興支援。生うにまぐろ丼に舌鼓の今村六十主将
食事も立派な復興支援。生うにまぐろ丼に舌鼓の今村六十主将
セコムラグビー部5:津波で倒壊し12名が犠牲になった建物の前で黙祷を捧げる
津波で倒壊し12名が犠牲になった建物の前で黙祷を捧げる
 この日のチームの活動は動画で記録され、今シーズンのチームのプロモーションビデオにも多くが使われる予定だ。11月4日、秩父宮で行われるヤクルト戦ではビジョンで放映されることになる。女川町出身の石橋秀基が語った思い。「僕たちは東北のチームではないけど、あの震災で日本人すべてが何かを失い、何を学んだはず」(石橋)。
 誰のために。何のために。タガタメ──。自然体でラグビーに打ち込むラガッツの姿。彼らはなぜに戦っているのだろうか。ラグビーが好きだから、だけではない。仕事との両立や、強化中止から今日にいたるまでの幾多の試練。それでも震災後、いかなる苦難も取るに足らないことなのだと気づかされた。
 ラガッツが戦い続ける理由は、自分自身が輝き続けることで、家族や会社の仲間、身近な大切な存在を笑顔にすることができる。その一点であることと知った。そして、その先に勝利があり、ひいてはトップリーグがあるのだということも。
【the author BRAVO.K】
セコムラグビー部6:東北の子らと共に。ラガッツが戦い続ける理由はここにあった
東北の子らと共に。ラガッツが戦い続ける理由はここにあった
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