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インタビュー/コラム

遊佐left 遊佐right
 好評をいただいているクローズアップコーナー、第3回はCTBの遊佐和彦選手にクローズアップしたいと思います。
 努力家の遊佐選手はセコムの「筋肉美コンテスト」でNo.1に輝いたすばらしい選手です。昨年は待望の長男が生まれ、公私ともに充実しており、セコムラグビー部にとってもディフェンスの要として欠かせない選手です。


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◆ ◆
出身は何処ですか?

秋田県大館市です。青森との県境の方で、とても雪の多いところです。忠犬ハチ公が生まれた所としても有名で、きりたんぽ発祥の地でもあります。子供の頃は、雪だるまを作ったり、スキーをしたりして遊んでいました。小学校の裏には山があって、そこに小学校所有のスキー場があるのです。大館の小学校はどこもスキー場を所有していました。

◆ ◆ なにかスポーツはやっていましたか?
陸上、野球、クロスカントリースキー、水泳、いろいろなスポーツをやりました。季節ごとにやるスポーツが変わる感じです。一番得意だったのは水泳で、県大会で6位に入賞しました。他のスポーツもまあまあの成績でしたよ。

◆ ◆ 中学校の時は?
中学校に入学して彼女ができました。嬉しくて嬉しくて、毎日放課後が来るのが待ち遠しかったです。部活動は、野球を3年間やっていましたが目立った成績はあげられませんでした。野球のオフシーズンに駅伝もやっていたのですが、そっちの方が調子良くて、3年生の時には東北大会で3位になりました。スポーツ万能少年だったと自負しています。

◆ ◆ なぜ大館鳳鳴高校に?
大館鳳鳴高校は秋田県で3本の指に入る進学校です。とても自由な雰囲気な校風が気にいったのと、姉が同校に進学していて、他にもいろいろ話を聞いていたので、特に悩むことなく決めました。受験勉強は相当やりましたね。

 遊佐選手1
◆ ◆ ラグビーを始めたきっかけは?
本当はバスケットをやりたかったのですけど、姉がラグビー部のマネージャーをやっていまして、猛烈な勧誘に負けてラグビー部に入部しました。

◆ ◆ 高校生活は?
ラグビー部はとにかく辛かったです。ケガをするのも辛かったし、雪の上の練習はもちろん辛い、その中でも今まで経験したことのないコンタクトプレーの練習が一番辛かったですね。唯一の楽しみは学校行事でした。球技大会とか、学園祭とか、そのあとに女の子と遊んだりして、良い思い出です。

◆ ◆ ラグビーの成績は?
試合は秋田工、男鹿工、秋田中央の3強に勝つことが目標でした。3年生の時には、もう少しで秋田中央に勝てるというところで逆転負け、その試合が一番印象に残っています。国体の秋田選抜にも選ばれました。弱小チームから選ばれたのは、私1人でした。周りの選手達は高校日本代表候補とかばかりで、しかも私は2年生の時までLOをやっていましたので、レベルの違いをすごく感じました。

◆ ◆ 大学は?
高校の時はラグビーをやりながら、勉強のほうもかなりしていました。大学でラグビーを続けるつもりはなかったので、学校推薦で龍谷大に行くつもりでした。そんな時に、高校のOBである花岡さん(現ヤマハ監督)から「関東でやってみないか」と声を掛けていただき、悩みに悩んだ末に、東海大へ進学することになりました。

◆ ◆ 学生生活はどうでした?
遊佐選手2
入学してみて、部員の多さにビックリしました。高校の時は部員不足で悩んでいたのに、大学に入ったら部員が100人以上いましたからね、皆上手かったし果たしてやっていけるかなと。寮生活は超快適でした。1年の時は2人部屋ですけど、3年生以上は1人部屋でした。上下関係も無いですし、皆やさしかったですね。ただ1年生の時にやったジャージ叩きはきつかったですね。ものすごく硬いブラシで公式戦ジャージを叩いて洗うのですが、叩いている音がしないと、先輩に怒られる、手のあいている奴がペットボトルを叩いて音を出したりしていました。遊びにも行きました。原付に乗って平塚の海に行ったり、富士山で戦争ごっこをやったりして、楽しかったですね。寮の周りは何も無い所だったので、暇さえあれば酒を飲んでいました。竹内(セコムPR)の部屋が居酒屋のようになっていて、試合の後には、よくそこで飲んでいました。

◆ ◆ ラグビーは?
1、2年生の時はまったく駄目でした。チームも入替戦の常連でいいところなしでした。3年生になってやっとリザーブに入れたときは嬉しかったですね。しかし同ポジションに富山さんというすごく上手い人がいて、その人には勝てる気がしませんでした。4年生になってレギュラーになりました。試合は善戦するものの負け試合が続きました。法政には終了間際の中瀬(現東京ガス)のキックで逆転負け、関東学院には仙波にやられました。仙波は今まで対戦したプレーヤーの中で一番凄かったです。東海大の袋舘監督も凄かったですけどね。

◆ ◆ どうしてセコムに入社したの?
セコムには最初、竹内だけが行くことなっていました。私は東北に帰ろうかと思っていたのですが、中村部長にセンターも欲しいと言われ、関東一部だったら通用するかもしれないと思い、軽い気持ちで入社を決めました。

◆ ◆ セコムはどうだった?
上下関係がまったく無かったので驚きました。同期入社には有名選手が多かったので、打ち解けるまで時間が掛かりました。同じく無名選手だった向井といつも一緒にいましたね。練習に出てみて、自分の実力でもやっていけるかなと感じました。

 遊佐選手1
◆ ◆ 印象に残っている試合は?
2年目の時に膝をケガして手術しました。その時にラグビーを辞めようかなと思ったのですが、試合を重ねていくうちに東日本リーグに上がれるのではないかと思い始め、欲が出てきました。皆は伊勢丹との入替戦が一番印象に残っているのでしょうが、私は入社4年目に関東1部リーグを全勝して挑んだ、クボタとの全国大会出場決定戦に勝った試合が一番印象に残っています。あの時は次の日の新聞にも大きく載って、嬉しかったですね。あとは昨年のチャレンジリーグでの伊勢丹戦。雪が20cm位積もっていて、あの試合は一生忘れられないでしょうね。

◆ ◆ 目標はありますか?
セコムはこれからまだ強くなると思う。良い選手が入ってきているし、環境も良い。私としては、やれる所まで一年一年頑張ることが目標です。来シーズンの目標は東日本リーグの4強を倒すことです。

◆ ◆ 尊敬する人はいますか?
近藤監督(現秋田高校監督)です。とにかく頭の良い人で、練習はきついけれど理にかなったことしかしない。高校生の頃は怖かったけれど、今はやさしくて、秋田に帰った時には、必ず一緒に飲みに行きます。

◆ ◆ あなたにとってラグビーとは?
痛くて辛いけど辞められないスポーツです。あとはタックルですね、タックル大好きです。アタックよりもディフェンスの方が好きです。皆さん私のタックルを見に来て下さい。でもアタックはあまり期待しないでね。

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遊佐選手4
遊佐選手に趣味は?と聞くと、子供自慢とラーメン屋めぐりと返ってきました。「今は本当に親馬鹿です」と子供がかわいくてしょうがない様子。ちなみにお勧めのラーメン屋は水道橋の尾道ラーメン「麺一筋」だそうで、魂のラーメンがお気に入りだそうです。今年29才、セコムの中ではベテランプレーヤーの域に入りますが、これからもセコムラグビー部を引っ張って行って欲しいと思います。
[2002.1.23]
【聞き手】セコムラグビー部 元渉外担当 尾崎 貴浩


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