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鈴木学right
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連載7
 2月に発表された2006年日本代表スコッド56人。その中に社会人1年目のシーズンを終えたばかりの鈴木学が、セコムラガッツから唯一選出された。
 武器は正確無比なラインアウトと、柔らかい足腰で長い距離を走れるスピードある動き。3月30日〜4月13日まで2007年ワールドカップ一次予選(日本ラウンド)を控えた日本代表のフランス遠征メンバー33人にも選ばれるなど、鈴木学は現在日本ラグビー界若手成長株の一人となっている。 4月に秩父宮ラグビー場で行われたアラビアンガルフ、韓国とのゲームでは、初キャップの期待が高まったが、フランス遠征初戦の練習試合でケガをし、桜のジャージーに袖を通す機会を棒にふってしまった。
 スタンドから見つめた代表戦、初めて経験したジャパンでは悔しさばかりが残ってしまった。しかし、未完の大器のチャレンジはまだ始まったばかり。今回はフランスから帰国したばかりの鈴木学を直撃した。
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◆◆ まずは遠征お疲れさまでした。初めてジャパンを経験した感想からお願いします。
一番実感したのはコンタクトの強さですね。そしてゲームに勝つための追求の仕方が違う。
顔ぶれを見ても、メンバーの中で話したことがあるのは木曽さん(一選手・ヤマハ発動機ジュビロ)だけだったので、初めは本当にやっていけるのかなぁという気持ちでした。

鈴木学選手1
◆◆ 根本的に自分と比較してみて何が違うと感じましたか?
みんなラグビーを知っているということ。こう動くからこうサポートする、という判断が早くて正確でした。特に代表歴が長い選手、大畑さん(大介選手・神戸製鋼コベルコスティーラーズ)や伊藤さん(護選手・東芝府中ブレイブルーパス)、池田さん(渉選手・三洋電機ワイルドナイツ)あたりは、ジャパンのプライドを持ってプレーされていました。きついときも絶対に妥協しない、その辺がまだ自分は甘いかなと。勉強になる点は多かったです。ただ、個々の能力ならセコムも決して劣ってはいないと思います。

◆◆ 遠征メンバーは33人。帰国後にW杯予選2試合を控えていました。初キャップに対して自分の中で思うところはあった?
元々赤塚さん(隆選手・クボタスピアーズ)がケガして選ばれた立場だったので、このチャンスを生かしたいという部分が強かったです。ジャンピ(ジャン・ピエール=エリサルドヘッドコーチ)も日本ラウンドでは多くの選手を起用したいと公言していた。しっかり自分のセールスポイントを出せれば、いけるんじゃないかと思っていました。

◆◆ ところが、です。遠征で無念のリタイア。早い段階でケガというのはあまりにも残念。
最悪。もう、せっかく来たのに。悔しいの一言ですね。遠征初戦のDax Espoirs戦に4番でスタメン出場。前半20分でラインアウトを飛んだとき、そのまま相手の足の上に落ちてしまい捻挫です。そのまま遠征には帯同しましたが、同じメニューをこなすことはできなくなり、テストマッチ出場の可能性も潰えました。

◆◆ ただ、強制送還にならなかったのはせめてもの救い。見て学ぶものも多かったはず。
そうですね。特に今回印象に残ったのは同じポジションの大野均さん(東芝府中ブレイブルーパス)のプレーです。自分の中で一つの目標になりました。ガツガツ行くし、ポイントまでの最短距離を走ってるから無駄な動きがまったくないんです。練習や試合だと厳しいのに、普段はすごい優しい。このギャップも素敵だなと思いました。

◆◆ 秩父宮のアラビアンガルフ戦、韓国戦ではチームに帯同。ゲームメンバー外でサイン会を行いました。
自分の場合サインなんてないから、ただ「鈴木学」って書くだけでしたけど。それでも「鈴木さんのサインは分かり易くていいですね」って言ってもらえたり、「セコム、今年はがんばってください」って声掛けてもらって。がんばらないといけないなと思いました。

◆◆ なるほど、さぁそれではジャパンの話は一旦終わりにして、ここからはあらためて鈴木学の人となりについて聞かせてください。どのような土地で育ったのでしょう?
秋田市内の寺内という小さな町で生まれました。近くにある神社で年に1回お祭りがあって、子供は羽織を着て帽子をかぶって、町じゅうの家を回るんです。そうしたら大人がお金をくれるんです。500円玉をもらえたりして、当時にしては大金でした。

◆◆ なんだか、ハロウィンみたいな感じですね。兄弟はいるんですか?
三つ上に姉が一人います。小学生の頃はよく本気のケンカをしていましたね。僕もやんちゃでどうしようもないヤツだったけど、姉はもっと強かったです。だいたい僕がボコボコにされそうになって、タンスに逃げていました。僕が東京に来てからは仲良いですよ。飲みに行ったり、メールしたり。今ではもう2児の母ですけど。

◆◆ 現在身長200cm、近くに立つと見下ろされてるような感じですが・・。大きくなり出したのはいつ頃からですか?
元々父親が190cmあるんです。今、48歳なので当時としては考えられないくらい大きかったんだと思います。遺伝というのももちろんあるのですが、幼稚園の頃から通っていたスポーツ少年団の影響が大きいです。

◆◆ そのスポーツ少年団でラグビーと出会った?
そうです。でも、ラグビーをやり始めて成長したというよりは、毎日、練習の後に煮干をボリボリ食べさせられましたから。煮干が山盛り入った袋に手を突っ込んで、握れるだけ握って、それをパックの牛乳飲むのと一緒に食べるんです。カルシウムの力が働いたと思っています。

◆◆ 学生時代の身長の推移を教えてください。
小学校4年で背の順の一番後ろになりました。中学入学時は162cm、中3の頃にはもう191cmありましたね。高校に上がって199cmになりましたけど、体重は80kgなかったですからね。ひょろひょろでした。

◆◆ やっぱり2mの高さから見える景色は違いますか?
よく言われるんですけど、僕はこの景色しか知らないし、きっとみんなと同じものが見えてるという認識しかありません。でも、よく街で大きな外国人とか見掛けると「あいつ、気持ち悪いくらいデカいなぁ」とか思うわけですよ。ところが、向こうが近づいてきてすれ違いざまに見ると実は僕の方が大きかったりして驚くわけです。周りからはこんな風に思われているんだろうなぁと思います。

鈴木学選手2
◆◆ 小さい頃から始めたラグビー。中学3年間はバスケットボールに転身してますね。
瞬発力をつけるためにやりました。だから、バスケからラグビーに転向する人は多いけど、僕の場合、元々ラグビーをやっていて、もっと上手くなるために、バスケに取り組んだという感じです。

◆◆ バスケにのめりこむことはしなかった?その経験が今生きている点は?
どちらもチームプレーでしたけど、やっぱりバスケの方が個々の技術だとか、能力に頼るところが多い気がしたんですよね。ラグビーはみんなが一体でやれるのが楽しかったです。
ガツガツ体をぶつけていくタイプではないので。足は他の人より走れる方だと思いますし、バスケで学んだステップとかを取り入れながらプレーしています。あの頃の経験はしっかり生きていると思いますよ。

◆◆ ラグビーをやめようと思ったことはありませんか?
ラグビーはずっと楽しかったし、好きでしたからね。でも大学1年のとき、何もかも嫌になって、新人何人かと一緒に寮から脱走したことがあります。しばらくぶらぶらしてから、何日か経って秋田の実家に戻ったんです。そうしたら、家に監督の上野先生(裕一氏・現流通経大GM)が待っていて。

◆◆ 学を説得して、連れ戻そうとしにきたわけですか?
最初は「なんで先生がここにいるんだろう」と意味がわからなくて。しかも、居間で平然とくつろいで、寿司まで食べてるし。でも目が合って「おい、学帰るぞ」て言われたら反射的に「はい」って答えてました。あの頃で部員120人はいたし、いちいち逃げ出したヤツのことなんかほったらかしだと思ってましたからね。ここまでしてくれるっていうのは驚いたし、嬉しかったです。

鈴木選手3
◆◆ 金足農高、流通経大、いずれも1年からレギュラー。セコムを選んだのは?
04年の春に、既に他社の内定はもらっていたんですが声を掛けていただいて、ラガッツと日本代表の合同練習を福島県のJ-ヴィレッジまで見にいったんです。そこで見たアタック&ディフェンスは負けはしたけど、結構いいラグビーをしていて。セコム行ってがんばればジャパンになれるかもしれないと思い、考え直しました。

◆◆ ラガッツに来たのはジャパンをめざすため。代表への思いはその頃からあった?
昔からですね。U19、U21、U23と各カテゴリーで代表に呼んでもらいましたし、社会人でもやるからには、トップレベルでジャパンをめざしたいっていう気持ちは強く持っています。

◆◆ 自信のあるプレーは?
ラインアウトです。マイボールを100%取るのは当たり前ですが、ヤンボールでも相手にプレッシャーかけて70〜80%は奪えると思います。もちろん、足りないプレーは練習で磨いていきたいし、身長だけでジャパンに選ばれたヤツとは思われたくない。そう思われてる人たちからも早く認めてもらえるようになりたいです。

鈴木学選手4
◆◆ 休みの日は何をして過ごしていますか?
平日は仕事の後、練習して帰ったら疲れて寝てしまいます。お酒が好きなので休みの日に週1で友達と飲むのが楽しみですね。

◆◆ 好きな音楽とかはありますか?
思い出の曲は19(ジューク)の「以心伝心」ですね。号泣しました。最近ではレミオロメンの「3月9日」という歌が心に響きました。

◆◆ これからの人生設計、もし描けている部分があれば教えてください。
いつまで現役でやれるかわからないけど、納得いくまではとことんがんばりたいです。引退しても、すぐに地元に帰るつもりはありません。こっちで仕事して家庭を作って、ゆっくりできるようになってから秋田に戻りたいと思っています。

◆◆ ラグビーとはどのように付き合っていきたいですか?
そうですね、ゆくゆくは指導者というのも頭にあります。やっぱり地元の母校、金足農高を強くしたい気持ちは強いです。僕たちの代は秋田工高に40点差でボロ負けして卒業だったので。選手で勝てなかったから、今度はコーチとして、母校を花園に連れて行きたい。第1グラウンドでゲームをやらせてやりたいです。

◆◆ では最後に、自分にとってラグビーとはなんでしょうか?
うーん、そばにいてくれないと寂しい存在っていうのかな。今回、ケガしてプレーできなくなって改めてそう思えました。彼女と一緒で、なくてはならないものというか。ずっと付き合っていく仲なのかなと思います。

◆◆ なるほど。そういえば今お付き合いしている相手はいないの?
残念ながら今はいませんね。社会人になって、狭山に入寮する前に別れてきたので、それからはずっと一人です。

◆◆ どういう女性がタイプですか?たとえば、背の高い子じゃなきゃダメだとか。
それはありませんね。これまでも(身長が)160cmないような子とばかり付き合っていましたから。ただ、並んで歩くときにどうしても目立つので相手が可哀想かなとは思います。今は朝から仕事して、午後練習と忙しくてなかなか会えないので、そういう生活を理解してくれる子がいいです。

鈴木学選手5
◆◆ では応援してくれるファンのみなさんにメッセージをお願いします。
セコムラガッツのファンはまだ他チームと比べて小規模ではありますが、心(ハート)の部分では絶対に負けていないと思います。
毎試合応援に足を運んでくださる皆さま、なかなか試合場には来られないけど、いつも応援してくださってる皆さま。
今年、これまでとは違った、また新しいラガッツをお見せすることになると思いますが、これからも皆さまの熱いハートで応援よろしくお願いします。

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 今回、取材を行ったのは歌舞伎町にある焼肉屋。靖国通り沿いのドンキホーテ前で待ち合わせをしたのだが、信号の反対側からでも視認できるくらい、頭ひとつ抜け出して立っていたのが鈴木学。人混みでもその存在感は際立つ。
 インタビューの中でジャパンへのはっきりとした意欲を示した鈴木学。6月11日には、東京・秩父宮で行われるテストマッチ「日本代表対イタリア代表」の前座試合、「U23日本代表対U23外国人選抜戦のメンバーにも選出された。
 オープン戦でも初戦からチームをまとめようとする姿勢を見せるなど、フランス流を学んで大きく成長したラガッツのエッフェル塔が、真のリアルロックとなって海外の空へ跳ぶ日は近い。
[2006.6.6]
【文責:小谷 たけし】

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