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インタビュー/コラム

石橋left石橋right
 クローズアップコーナー、再開します。第4回目のターゲットはラガッツのトライゲッター・石橋選手です。
 粗削りながら、野性味を帯びた突進はスピードを兼ね備え、足腰の強さはチーム随一を誇ります。全国区ではまったくといっていいほど知られていない選手ですが、ルーキーイヤーからレギュラーポジションを獲得するなど、スター選手のいないラガッツを象徴するような選手です。鍛え上げられた雑草魂でゴールラインを駆け抜けます。


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◆ ◆
出身は東北でしたよね?

宮城県の女川町というところで生まれ育ちました。最近過疎化が進んでいて、人口が1万人を切ってしまったんです。スポーツとは縁遠い漁業の町ですが、とてもいいところですよ。なにせ家から走って6秒で海ですからね(笑)。子供の頃から親に内緒で船に乗って海に出たり、友達と釣りして遊んだり。楽しい毎日でした。

◆ ◆ 走って6秒はすごいな。どんな魚が釣れるんですか?
なんでも釣れましたよ。アジに、カレイに、カワハギでしょ。アイナメ、スズキとか。アワビなんかも手づかみでいくらでも。

◆ ◆ そんなスポーツとは無縁の暮らしでラグビーとは。競技との出会いはいつ?
小学校は野球、中学はバスケ。ラグビーは高校からですね。父親がやらせたくて仕方なかったみたいで。いきなり東北高の監督の家に預けられました。

石橋選手1
◆ ◆ 実家から追い出された(笑)?
仙台までは遠くて自宅からじゃ通えないっていうのもあって、東北高校ラグビー部の松谷監督の家でお世話になることになりました。きつかったですよ。私の他にも3〜4人下宿させてもらってたんですが、四六時中一緒なので自分たちだけ特別メニューです。朝6時に起きて、監督が原付バイクで付いてくるマラソン。階段ダッシュもやりましたね。朝飯食べてから学校行って、授業終わったら練習。夜も筋トレ。一番きつかったのは近くにある泉ケ岳という山に自転車で登ったことかな。ふもとから8合目まで八の字に蛇行しながら(笑)4時間かけて登りました。本気で死ぬかと思った。


◆ ◆ 東北高といえば、女子高生でプロゴルファーになった宮里藍選手。硬式野球の佐々木主浩選手(現シアトルマリナーズ)や高井雄平選手(現ヤクルトスワローズ)、甲子園を湧かせたダルビッシュ選手。バレーボールも春高バレーで悲願の初優勝をしたりと、スポーツの名門高ですよね。
ゴルフや野球とかは全国クラスでしたけど、ラグビーは全然でした(笑)。今は部員不足で廃部になってしまいましたしね。私らの頃は県大会で1回勝つのがやっとで。部員も25人くらいしかいなくて、いつも人数ギリギリでやってました。最後の県大会も2回戦で花園に行った仙台育英に負けました。


◆ ◆ なんとなくで始めてしまったラグビー。楽しみながらプレーできましたか?
2年生まではやらされてる気持ちの方が強かったです。でも、試合に出られるようになってからは面白くなった。高3でオール宮城にも選ばれました。人にぶつかるのが好きなんですよ。上手くいえないけど、ぶつかって相手にタックルされて、それを踏ん張ってるのが好きというか。倒れないプレーをファンの方にも見てもらいたいんですよね。

◆ ◆ 大学は東北福祉大に進学。名門だけど、ここもラグビーはあまり知られていない。
東北リーグでは一番でした。全国大会に行くためには東北リーグで優勝して、北海道との地区決定戦を経て、関東のリーグで5位になった大学と、大学選手権の代表出場決定戦まで勝ち抜かなきゃいけないんです。2年、3年と代表決定戦まではいきましたけど、2年の時は法政に負け、3年の時は筑波大に負けました。

石橋選手2
◆ ◆ 高校、大学とラグビーやってきて。さて、次の進路にラグビーの選択肢はあった?
社会に出て何をやろうかと考えてました。ラーメン屋か居酒屋をやりたかったんですよ。そうしたら当時・セコム人事部採用グループだった中村部長がうちの大学に会社説明でいらして。今度試合があるって話したら本当に見にきてくれたんですよ。それが、3年のときに筑波大とやった代表決定戦でした。

◆ ◆ そこで、大活躍して…と?
いや、ボロ負けだったんですよ(笑)。でもその後、部長から監督に連絡がきて。気付いたら「お世話になります」みたいな流れでした。今も社会人でラグビー続けてるのは私の代では一人だけです。先輩で二人、釜石(シーウェーブス)に行った人がいますけど。ごく少数ですね。

◆ ◆ 全国ではまったく無名の選手。不安はなかった?
同期が、みんなデカくてビビリました。安藤敬介とか、正月に家のテレビで見てた人が目の前にいるんですからね。もちろん外国人選手と一緒にプレイするのも初めてで。英語とか関西弁とか聞いたことない言葉が飛び交ってて、なんだか嬉しかったです。

◆ ◆ 去年がルーキーイヤー。いきなり頭角を現しましたよね?印象に残ってる試合は?
東日本リーグの最終戦、水戸でリコーとやった試合を鮮明に覚えてますね。一番モチベーションが上がった試合でした。なかなか前半は思うようなプレーができなくて。でも最後の方は、ボールを持ったら面白いようにいけた。でも1点差で負けたときは泣きそうでした。

◆ ◆ リコー戦とは意外。ファンの皆さんは去年のサントリー戦のトライを覚えてるのでは?日本代表バックスリーを次々に抜いてトライ。まさに衝撃の秩父宮デビュー(笑)。
確かにあの試合も印象に残ってます。ハーフウェイの手前でボールをもらって、そこから60メートルぐらい独走のトライでした。

◆ ◆ あの場面をもう一度説明してもらいましょうか。
試合が始まってすぐに先制されて。直後のキックオフからの攻撃で、前見たらFWしかいなかったんですよ。それで、スタンドオフの沼田に「ボールくれー!」って叫んで。スクラムハーフの大野さんから飛ばしパスをもらいました。スピードには乗ってなかったんですけどね。サントリーだし、いけるとこまで走ってみようかなと。まずウィングの栗原さんにぶち当たって、倒れずにすんだので、「これはいける」と思った。あとはインゴール目指して一直線でした。追ってきたフルバックの小野澤さんと1対1になったけど、スワ―ブ切って抜いて。あの頃は怖いもの知らずというか。試合のあとは友達とかから「すごかったじゃん」って電話がありました。

石橋選手3
◆ ◆ 去年は、チームのトライ数はマホニ選手が6つでトップ。それに続くのが石橋選手とセネ選手でそれぞれ5本。ウィングの仕事をできましたね。
あのトライから乗れたというのはあります。東日本では出た試合で毎試合1本ずつ取れた。でも大事なところでケガもしてしまい。未熟でした。

◆ ◆ それに比べると今季はまだエンジンが掛ってない?「ノートライのウィング」なんてチームメートからも、からかわれたりしてました(笑)。
2本取ってますよ!(笑)でもそれだけじゃ…悔しいです。ケガも完治したのでこれから量産したいと思います。

◆ ◆ 普段、げんをかついだりとかはしないの?
やりますよ。ノックス(イノケ・アフェアキ選手)が、前のオールブラックスのキャプテンだった、ランデルからもらったニュージーランドのマオリ族のお守りをくれたんですよ。オールブラックスって、試合の前に「ハカ」を踊るじゃないですか。アレって先住民マオリ族の踊りなんです。戦いの神様ですからね。練習の前とか、一日1回は必ず握るようにしてますし、移動の時はいつも首から下げてます。

◆ ◆ 最後に、将来はどんなプレーヤーになりたい?
ちびっ子に名前を覚えられたいっていうのはありますね。生意気かもしれないけど、記録よりも記憶に残るような選手になりたいです。
[2003.12.29]

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【聞き手】セコムラグビー部 元広報担当 小谷 健志

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