SECOM RUGGUTs

メンバー紹介


インタビュー/コラム

渡部left渡部right
 好評をいただいているクローズアップコーナー、第2回は前回クローズアップの山賀君と激しいポジション争いをしている、PRの渡部英明君にクローズアップしたいと思います。
 インタヴューは彼が住む、セコム狭山寮でおこないました。セコムのFWで最年長の彼は、皆から「牛さん」の愛称で慕われています。目黒高校時代からスクラムの強さには定評があり、スクラムを組んでいる姿が、牛みたいだったことから「ギュウ」と呼ばれ始めたそうです。


.......

◆ ◆
出身は何処ですか?

東京四谷で生まれ育ちました。実家は雑貨屋をやっていまして、小さい頃から店の食べ物をつまみ食いしていた為に太ってしまいました。

◆ ◆ なにかスポーツはやっていましたか?
小学校に入ってから水泳を始めました。水泳といっても選手育成コースだったので、練習が辛くて、辞めたくて辞めたくてしょうがなかった。小学6年まで続けましたが、最後の方はさぼってばかりで、公園でスイムパンツを濡らして家に帰ったりしてました。なんとかして辞めようと思って考えた挙句に「そろばん塾に通いたい」と訳のわからない事を言って、やっと辞める事ができました。

◆ ◆ 中学校の時は?
中学校に入学し、何をしようか迷っていた所、当時好きだった女の子が水泳部に入ると言うので、思わずまた水泳部に入部してしまいました。小学生の頃にやっていたので、少しは自信があったのですが、泣かず飛ばずの成績でした。

渡部選手3
◆ ◆ ラグビーを始めたきっかけは?
ドラマの「スクールウォーズ」です。毎週夢中になって見ていました。最終回を見届けると、すぐにラグビーを始めなくてはと思い、東京ラグビースクールに電話しました。しかし「今は受付の時期ではない」ことを告げられ、しょうがないのでラグビーボールを自分で買って練習していました。

◆ ◆ なぜ目黒高校に?
学校見学で保善高校などラグビーの名門校を何校かまわりました。目黒高校に見学に行った時に偶然ラグビー部の部長に声を掛けられ、ラグビーをやりたい事を伝えると、「ちょっと来い」と体育教官室へ、そこで恩師である幡釜先生に出会いました。先生は中学生の私に「男とは何か」とういう話をしてくれまして、とにかく感動したのを覚えています。その場で一生この先生についていくと決めました。


◆ ◆ 高校生活はどうだった?
当時目黒高校のラグビー部は全寮制で、かなり狭い部屋に6人で暮らしていました。1年生の時は押入れの1Fで毎日寝ていました。太っているからという訳の分からない理由で、おやつ係をやっていました。とにかく練習が厳しくて、毎日辞めたいと思ってました。合宿で苗場に行った時なんて、かくれて川の水を飲んだりしてましたね。上下関係も厳しかったですね、1年生の頃はよく怒られました。試合に出ていた2年生の時は都の決勝で明大中野に、3年の時は準々決勝で久我山に負けました。結局花園には行けませんでしたけれど、今の私があるのは目黒高校の厳しい練習のお陰だと思っています。高校の同期には斉藤(リコー)や松永(三菱重工相模原)、一級上には石倉さん(クボタ)などがいました。3人ともまだ東日本リーグで活躍していますので、私もまだまだ頑張らなくてはと思います。

◆ ◆ 大学は?
監督に「行け!」と言われて、流通経済大学に進学しました。今でこそ大学選手権にも出場するような強豪チームになりましたが、私が入学した頃は、まだリーグ戦にも加盟していない時でしたからね、なぜ聞いた事も無い大学へ行かなくてはならないんだと思っていました。でも入学してみたらとても楽しくて、アパート暮らしだったんですよ、1年生の時はね。2年生になったら寮ができるという噂があってビクビクしていたのですが、2月に入っても工事が始まらない、ほっとしていたらその後1ヶ月半で寮が建ってしまった。もうビックリしましたよ。

渡部選手2
◆ ◆ 寮生活はどうでした?
まあ、住めば都で結構楽しかった。寮は茨城県龍ヶ崎市という所にあって、まわりはパチンコ店と居酒屋しかないんです、毎日飲んでましたね、あの頃は。それから上野先生に出会えたのが大きかった、先生にはすごく可愛がってもらいました。私が学生の頃は先生も寮に泊り込んでいて、常に一緒に行動していました、風呂も食事も一緒で、まるで兄貴のような存在でした。

◆ ◆ ラグビーは?
2年生の時に関東大学リーグに加盟しました、6部くらいだったと思います。その頃には部員が60名を超えて順調に強くなっていって、リーグ戦は毎年優勝、昇格を繰り返し私が4年の時に3部に昇格しました。3年生の時に全国地区対抗選手権に初出場し、優勝した事が一番うれしかったですね。
一番思い出に残っているのは、卒業試験の追試を受けた事です。あの時は今までの人生で一番勉強しました。追試は二度とやりたくありません。

◆ ◆ どうしてセコムに入社したの?
中村部長と流経大の先輩だった松本さん(現主務)に誘っていただいて、入社を決めました。

◆ ◆ セコムはどうだった?
私が入社する時には、東日本リーグに上がっていると思っていました。そしたらなんと下との入替戦で負けて2部に落ちていて、もうビックリしましたね。だから1年目に博報堂に勝って1部に上がった時は本当に嬉しかった、その試合はビデオ係だったのですけどね。
同じポジションには同期の小川君(大東大卒)がいました。すごくうまくて、こいつに勝つには大変だと思っていましたね。必死で1年間頑張って、その年の納会では新人賞を戴くことができました。入社6年目の時に、東日本リーグの入替戦で伊勢丹に勝った試合が、今までで一番印象に残っています。

渡部選手1
◆ ◆ 目標とかありますか?
昨年、初めて東日本リーグでやってみて点差以上に力の差を感じました。関東1部とは全然違いましたね、レヴェルの違いに自分の中で少しショックを受けていました。とりあえず今年は、チームの目標として全国大会ベスト8を目指してやっています。今6試合終わって(11/28現在)2勝4敗と昨年より確実にステップアップしていると思う。

◆ ◆ あなたにとってラグビーとは?それからメッセージがあれば...
私にとってラグビーは「すべて」ですね、それから「DREAM」とでも言っておきましょう。ラグビーファンの皆様、応援よろしくお願いします。グラウンドに遊びに来てください。
応援メールとかも送ってください。


.......

平均年齢の若いセコムラグビー部の中では、ベテランプレーヤーの域に入る渡部君。しかし今でも練習前にグラウンドのゴールポストカバーの設置を毎日続けるなど、ひたむきな姿勢を忘れずに努力しています。自称「癒し系プロップ」として私生活でも若手メンバーの良き相談相手となっており、セコムラグビー部には欠かせない存在です。まだ20代、これからもセコムラグビー部を引っ張って行って欲しいと思います。
[2001.12.10]
【聞き手】セコムラグビー部 元渉外担当 尾崎 貴浩

ページトップへ戻る

SECOM 信頼される安心を、社会へ。 お問い合わせ セコムラグビー部