頑張るシニア応援サイト おとなの安心倶楽部

SECOM 信頼される安心を、社会へ

第21回
2016/08/02

海外に誇れる日本の街

長崎 数々の歴史的事件の舞台(前編)

長崎は坂の街。戦国時代にはキリシタン大名・大村純忠がキリスト教の布教に努め、ヨーロッパ文化を取り入れた。江戸時代になって徳川幕府の鎖国令が出された後は、世界に開かれた唯一の港に。坂本龍馬たち維新の志士たちもこの街を拠点とした。幕末には横浜、函館とともに開港され、先の戦争では原子爆弾の被害を受けるなど、歴史の節目節目で大きな事件に遭遇した街でもある。前半は定期観光バスに乗ってみた。

観光バスに揺られて

 長崎の定期観光バス「長崎よかとこコース」の出発時間は10時と12時。飛行機の到着が少し遅れて心配したが、12時発にぎりぎり間に合った。座席は半分くらいが埋まっている。夏休みの平日とあって家族連れや学生さんらしいグループが多い。冷房が効いていて、夏の観光にはこれがなによりうれしい。ガイドさんから食事時間が含まれないことや時間厳守など簡単な説明があって、いよいよ出発である。
 「本日は、原爆の悲惨な被害から復興した新しい長崎と、数々の歴史の舞台になった長崎、その両方を見ていただきます」とガイドさん。長崎弁が旅情を誘う。
長崎原爆資料館
長崎原爆資料館
 7分ほどで最初の見学地「長崎原爆資料館」に到着。見学時間は45分。ガイドさんからは、前半の展示を中心に見た方がいいと勧められた。
 長崎には20年ほど前にも来たことがあり、原爆資料館にも立ち寄ったはずだが、そのときの記憶とはどうも違う。それもそのはずで、かつて原爆資料を展示していた長崎国際文化会館が建て替えられて、1996(平成8)年に開館したのが今の原爆資料館だ。
 地下2階の展示室は、原子爆弾が投下された1945(昭和20)年8月9日11時2分をそのまま伝えるような展示になっている。爆風で止まった時計や熱線で溶けたガラス・・・。ぐにゃりと曲がった給水タンクや、爆風で倒壊した浦上天主堂の惨状が目にも痛々しい。
 原爆の残酷さ恐ろしさを後世に、世界に語り継ごうという長崎の人々の思いがひしひしと伝わってくる。
 集合時間になり、バスはぐるりと回ってお隣の平和公園の駐車場に入る。平和公園が爆心地の北側にあった刑務所の跡だったことは、ガイドさんから聞かなければ知らないままだったかもしれない。
 再びバスに戻り、「長崎の鐘」で知られる永井隆博士が晩年を送った「如己堂」、再建された「浦上天主堂」、先ほど被爆当時の写真を見た「一本柱鳥居」などを車窓から見学。原爆で妻を失い、自らも重い傷を負いながら負傷者の救護や原爆症の研究に当たった永井博士と、幼いお子さんたちのお話をガイドさんが語ってくれたときには涙が出た。
 バスは市の繁華街に戻り、ここからは歴史の街・長崎。長崎は幾重にも山に囲まれて坂が多い。山によって原爆の被害が狭い範囲にとどめられて、歴史的な建物が残った、というガイドさんの説明に胸が痛くなった。

歴史の街・長崎

 「思案橋」、「崇福寺」、「眼鏡橋」を車窓から見物して、「史跡出島」に向かう。眼鏡橋はライトアップされた夜景がきれいですよ、という耳寄り情報も。これが観光バスの良いところだ。
 出島に到着。出島も昔の記憶とはずいぶん違っていた。江戸時代、鎖国をした徳川幕府が唯一オランダとの交易を認めた人工島が出島。しかし、その後埋め立てによる市街化が進むと島とは名ばかりになっていたのだ。1996(平成8)年から、歴史的価値を未来に遺すために復元整備事業が進められて、2006(平成18)年に完成した二期工事までに「カピタン部屋」など5つの建物が古い資料をもとに復元されたのだという。現在は、新たな復元工事のための発掘調査も行われている。
 再びバスに乗り込む。「新地中華街」「オランダ坂」を車窓観光。長崎では西洋人全般のことを「オランダさん」と呼んだので、居留地の坂をオランダ坂と呼ぶようになったのだという説明にはちょっと感心した。
孔子廟・中国歴史博物館
孔子廟・中国歴史博物館
 やがてバスは「孔子廟」の駐車場に。1893(明治26)年に当時の清朝政府と在日華僑の手で建てられた聖廟で建物は創建当時のほぼそのままだ。併設されている中国歴代博物館には北京故宮博物院の収蔵品が常設展示され、2年おきに展示入れ替えを行っているという。


 そして最後の観光地は大浦天主堂とグラバー園。乗客からは、「ここの坂はちょっときつそう」という声も。「楽をしていては長崎観光はできませんよ」とガイドさん。その通りである。
大浦天主堂
大浦天主堂
 大浦天主堂は1865(元治2)年に建築された木造ゴシック建設。原爆で被害を受けたが1952(昭和27)年まで5年がかりで修復された。
 グラバー園は、たしか以前は「グラバー邸」だったはず。旧三菱第2ドックハウスや移築された洋館とともにかつての居留地の様子を再現しているのだ。
 ありがたいことに観光バスは、ここでの離団がOK。せっかくなので離団してゆっくり観光して行くことにした。
 グラバー園をぶらぶら散策したあとは、少し足を伸ばして前から行きたかった「旧香港上海銀行長崎支店記念館」へ。1904年に完成した明治の名建築で、市民の熱望で保存修理工事が行われたもの。歴史を大切にする長崎の人々の心意気を感じる建物だ。


取材先
  • 【長崎原爆資料館】長崎市平野町7-8 TEL: 095-844-1231
  • 【孔子廟・中国歴代博物館】長崎市大浦町10-36 TEL: 095-824-4022
  • 【大浦天主堂】長崎市南山手町5-3 TEL: 095-823-2628
  • 【グラバー園】長崎市南山手町8-1 TEL: 095-822-8223
  • 【旧香港上海銀行長崎支店記念館】長崎市松が枝町4-27 TEL: 095-827-8746
※このコラムは『セコムライフ』2009年秋号に掲載した記事をベースにWEB用に再構成したものです。

第21回 長崎 数々の歴史的事件の舞台(前編)

長嶋茂雄さん 看板豆知識・伝説・語録
役立つ生活情報ハウス セコム安心マガジン
関連サービスのご案内
関連サービスのご案内
  • セコム・ホームセキュリティ
  • セコム・ホームサービス
  • 携帯するセキュリティ ココセコム
  • セコム・ホームセキュリティ
  • セコム・ホームサービス
  • 携帯するセキュリティ ココセコム
セコム安心マガジン
セコム公式 セコムタウン
セコム公式 SECOMjp
セコム公式 SECOMTV