第1回 
なくしたもの、なくしていないもの

ここでは、シニアの方の毎日が心を元気に、
健康に過ごしていただけるようなコラムをご紹介します。
飲み物を片手に、ホッと落ち着ける時間になりますように。

 はじめまして。臨床心理士の大多和です。
 日常の何気ない出来事や、会話の中で「コミュニケーション」「人の心」について感じることがあります。
 そんな、何気ない日常の一場面から心についてもう一度見直すきっかけになればと思いつつ、コラムを書かせていただきます。
 日常の人間関係のヒントにしていただければと思っています。よろしくお願いいたします。
 最近、オフィスの引っ越しをいたしました。準備の段階でクローゼットや、キャビネットの中を開いてみると、「ああ、こんなものがここにあったのか…」「使っていないものがたくさんあるな…」と思いつつ、不要品を処理したり、梱包したり、人に譲ったりしていました。引っ越しが終わって、数日してからのことでした。
 デスク周りについては以前と同じくパソコン、電話、ペン立てや卓上カレンダー、そしておみやげの小物を配置しました。
 そろそろ新しいオフィスにも慣れてきたときに、何となく机の周りが寂しいような、何かがかけているような気がしてよくよく考えてみると、パソコンの下にあった三センチほどの小さな犬のぬいぐるみがないことに気がつきました。「あれがない・・・」と気づくとなんだか気持ちがソワソワして寂しい気持ちになりました。どこかに紛れているのか、間違って捨ててしまったのか…。その翌朝、私はオフィスに到着していつものカップでお茶を飲みながら知り合いに電話をしてそのことを雑談で話しました。
「そんなに愛着持っていると思っていなかったけれど、見つからないとなると落ち着かないし、寂しい気になるんだよね…」と私が話すと、「他には?」と彼が言いました。「どういうこと?」と聞き返すと、「いつも同じって大切だからね?(笑)」と、優しく笑っていました。電話を切ったあと、その意味が急にわかって「あーっそうか!」と思わずつぶやいてしまいました。私は、電話しながら、10年間使っている「お気に入りの」カップでお茶を飲んでいたのです。
 私は彼にもう一度電話しました。「どうもありがとう。本当に感謝しているよ!」彼は何のことだかよくわからないようでしたが、どうしても伝えたかったのです。何が自分にとって大切なものなのか、日常的であるほど気づくことが難しいのかもしれません。そして、なによりありがたいのは、それをなにげなく気づかせてくれる「人の存在」です。
大多和 二郎 (おおたわ じろう)
プロフィール
大多和 二郎 (おおたわ じろう)
横浜国立大学大学院修了(臨床心理学専攻)
臨床心理士、臨床動作学講師としてカウンセリング、大学、
専門学校講師等を歴任 著書として
「触感刺激法で性格が変わる」祥伝社 NONブック等がある

第1回 なくしたもの、なくしていないもの