【座談会】3.11アンケートから考える「あの日」と「これから」~小学生ママたちの本音を聞く<その1>~

セコムの舟生です。

左から、セコム舟生、座談会に参加してくださった森泉洋子さん、野元美香さん、内海加織さん、子どもの危機回避研究所の所長横矢真理さんと、セコムの堀越前回、セコムと子どもの危険回避研究所が合同で行ったアンケート「3.11地震後の子どもを取り巻く危険の変化に関する調査」の結果をご紹介しましたが、もうご覧いただきましたでしょうか。

私は、アンケート結果を見ていて、なるべく多くのシチュエーションを知っておくことが次への備えにつながると強く実感しました。

そこで今回は、子どもの危機回避研究所の所長 横矢真理さんの協力のもと、小学生のお子さんを持つお母さんにお集まりいただき、アンケート結果をもとに話し合う座談会を開催しました。

お集まりいただいたのは、
子どもの危機回避研究所の所長、横矢真理さん。
高校生と小学校3年生、ふたりの男の子をお持ちの野元美香さん。
小学校4年生の男の子をお持ちの内海(うちみ)加織さん。
小学校3年生の男の子と3歳の女の子をお持ちの森泉洋子さんです。

そしてセコムからは舟生と、コーポレート広報部で「セコム子ども安全教室」を担当する堀越の2名が参加。

今回から3回に分けて、座談会の模様をレポートしますので、ぜひご覧ください。
初回の今回は、地震発生の午後2時46分に子どもたちが直面した状況についてです。

* * * * * * * * *

真剣に情報交換が行われた座談会▼ 3月11日、午後2時46分。
そのときどうしていましたか?
 舟生:
 早速ですが、震災当日のことをお伺いしたいと思います。野元さんは、あの地震がおきたときどちらにいましたか?

野元さん:たまたま旅行から帰ってくる飛行機の中にいました。家族と一緒ではなく、機内のため情報があまり入ってこず、周りの乗客から「日本が大変なことになっているらしい」と聞いて、すごく不安でした。

舟生:震災のことはどのタイミングで知ったのですか?

野元さん:震災の影響で成田空港に降りることができず、東京・福生市にある横田基地に着陸しました。携帯電話もつながらず、インターネットも不安定な状況でしたが、スカイプを使ってなんとか主人と連絡を取ることができました。
下の子(小学校3年生の男の子)は体調不良で学校を休んでいたので主人と家で一緒でしたし、高校生のお兄ちゃんは1時間ほどかけて歩いて学校から帰ってきたとか。
私はその日、東京には戻れませんでしたが、家族の無事がわかっていたのでとりあえず安心することができました。

内海さん:私は自宅で洗濯物をたたんでいたのですが、大きな揺れの直後、家が停電してしまったんです。私は阪神淡路大震災も体験しているのですが、それでも「今回は大きい!」と緊張しました。
揺れが収まってからすぐ小学校に向いました。学校では集団下校の準備をしていて、そこで子ども(小学校4年生の男の子)を引き取ることができました。
停電が深夜まで続き、手回しのラジオで情報を得ていましたが、どうなるのか不安で仕方なかったですね。

森泉さん:下の子(3歳の女の子)と家にいたのですが、お兄ちゃん(小学校3年生の男の子)は学校を出たところで地震にあったそうです。午後2時46分という時間は、低学年の子たちにとってはちょうど下校時間なんですね。
うちの子の学校では、低学年の生徒の、家に帰り着いている子が半分、下校中が半分で、高学年は、授業中でした。まだ学校にいた子や下校途中だった子が半分といったところだったとか。息子は学校のそばにいたので、すぐに主事さんの指示で学校に戻ったそうです。学校側が学校にいる生徒全員を待機させてくれたので、4時過ぎに引取りに行きました。


▼ メールがあれば大丈夫?連絡手段の落とし穴
堀越:内海さんと森泉さんは、小学校に迎えに行ったんですね。学校からはなにか連絡があったのですか?

内海さん:いいえ。全生徒の家庭に学校から一斉配信されるメーリングリストがあるのですが、あの日は届かなかったですね。後日、「学校はこういう対応をしました」という内容のメールが送られてきましたけれど。

森泉さん:うちは、学校からのメールを受信できたのは夜8時くらい。でも、私の住んでいる地域は震災後も停電にならず、固定電話もつながっていたので、近所の同級生のお宅と連絡を取り合えたんです。引き取りにいったときも、確信をもって行動することができました。

舟生:私の子どもの学校からは、震災後1時間もたたないうちに「生徒は全員無事です」という内容のメールが来ましたよ。

野元さん:ずいぶん差がありますね。携帯の機種によっても違うのかも。

森泉さん:ただあの日は学校からメールが配信されるのを待つより、まず行動したという方が多かったのではないかと思います。手動で新着メールの受信をしていたら見られたのかもしれないですが、私はそれよりもまず学校に向いました。

子どもの危機回避研究所所長の横矢真理さん横矢さん:普段は自動的に新着メールを受信しているので、手動で新着メールを「受信する」という方法を知らなかった方も、かなりいらっしゃるようですね。手動で受信する方法を知っていれば新着メールを受信できた方もいたかもしれない。
家族の安否がわからないというのは本当に不安ですから。
特に子どもが学校にいるときは、学校がどうなったか、子どもがどうしているかが何より気になりますよね。
先ほど野元さんからスカイプを使ったという話がありましたが、今回の震災ではパケット通信のほうが早く回復しました。そこを使ったか使わなかったかで、連絡のついた時間にもかなり差があったかもしれません。
ただ、今回使えたものが次でまた同じように使えるかどうかは、だれにもわかりません。ひとつの手段に頼り過ぎないことが必要です。
とりあえずは無事だということがわかれば、無理をせず落ち着いて次の行動が考えられますから、混乱も少なくなると思います。


▼ 親として学校に求めたい「臨機応変な対応」
森泉さん:息子(小学校3年生の男の子)を引き取りに行ったとき、ひとつ問題がありました。共働きですぐに親が迎えにこられない子がいる中で、「自分の子しか引き取ってはいけない」という先生がいれば、「違う子も引き取っていい」という先生もいて、対応がまちまちでした。
(実際にさほど問題には、なっていないので...)
「マニュアルでは、引取り名簿に記載した人しか引取ることになっていますが、やっぱり緊急の時は名簿以外の人が引き取りお預かりしたご家庭もあったようです。先生方や学校が、臨機応変に対応することもこういう時は必要ですよね。」
横矢さん:普段から親しくしている家の子なら、一緒に引き取ってご両親が戻るまで預かろうと思いますよね。ただ、学校側としてその判断は難しいかもしれない。まだ余震も続いていて、預かったお宅でなにかあったら...という不安もあったでしょうし。

森泉さん:他校ですが、親が帰ってこられなくて、隣の家の方が引き取ったのはいいけれど、そのまま自宅に帰してしまって子どもだけでひと晩過ごした...という話も聞きました。「引き取った側の責任」という非常に難しい問題もそこに見えてきます。

野元さん:
うちの子の学校では、引き取り名簿に家族、親戚の名前を書くことになっているので、仕方なく他県に住む私の母の名前を書いているんですが、現実的にあんな震災があったら、東京まで引き取りにこられませんよね。

内海さん:うちの子の学校は、もともと特に細かいことは言われていません。知人でも親戚でも、いちばん現実的な何人かの名前を引き取り名簿には書いています。

横矢さん:学校によってもまったく違いますね。こうしたルールづくりには校長先生が権限を持っているので、校長先生によって変わってくるようです。ですから、いまはよくても、校長先生が変わってしまったら、またルールが変わる...という話もあるので、少し不安を感じると言う声を聞きました。
 

セコム(株)IS研究所セコム「子を持つ親の安全委員会」メンバー舟生岳夫舟生:今まであったルールが違うように解釈されたり、言葉だけが引き継がれて、なぜそういうルールになったかが無視されたりすることもあります。マニュアルがひとり歩きしてしまうことが、いちばん怖いんです。
学校としてどのように対応するのか、マニュアル化することは大切ですが、そこには「なぜそのように行動するのか」という考え方(ポリシー)が絶対に必要だと思います。
その考え方に基づいて、「こういう状況なら、このように変えないといけない」という柔軟さも、非常事態においては求められることですね。

* * * * * * * * *

震災が起きた午後2時46分。お子さんの通う学校や、地域の状況がこれほど違って見えてくるとは、ちょっと驚きでした。いろいろな方にいろいろな話を聞いて、次に大きな災害があったらどう判断するかを考えておくことはとても大切なことだと思います。

次回は、震災後のお子さんの変化をお聞きしたいと思います。

座談会 【次回】>>





2011年10月 4日(火)

カテゴリー: インタビュー・座談会

プロフィール

舟生 岳夫

セコム株式会社
IS研究所 所属

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