遠足に持って行けるおやつの上限
　筆者の小学校時代、遠足に持って行くことが許された「おやつ」の総額上限は300円でした。「おやつは300円まで」に郷愁を感じる人は少なくないらしく、今でもこのフレーズでネット検索すると多くのサイトがヒットします。
　遠足の前日に、先生に「おやつは300円まで」と言われると、必ず「バナナはおやつに入るのか？」と質問する子どもがいました、その質問は、今で言うFAQ(Frequently Asked Questions: ひんぱんに尋ねられる質問)だったらしく、答は、遠足の前に配られるプリントにちゃんと書いてあった記憶があります。

なぜバナナを疑問に思うのか？
　さて、それではなぜ子どもたちの心に「バナナはおやつに入るのか？」という疑問が浮かんだのでしょうか？
　手持ちの辞書で「おやつ」を引くと「昔の時刻で八つ時(午後3時)頃に食べる午後の間食」となっています。この定義では、たとえ「おにぎり」であったとしても、午後3時頃に、正規の食事として食べるのでないのであれば「おやつ」であると言えます。逆に、「あんパン」であっても「お昼の時間に食べる食事」であったとすると、それは「おやつ」ではなく昼食であることになります。
　これらの例から、「おやつ」は、朝昼晩の「正規の食事」や、それを食べる時間との関係性によって定義される曖昧な概念であることが分かります。「バナナはおやつに入るのか？」は、子どもたちの頭に浮かんで然るべき、当然の疑問であった訳です。

「『それ』は何か」は経験的には学べない
　人間が「何が『具体的な名前を持つもの』か」(例えば「何が犬か」)を学ぶ機会は、その成長過程で多く存在します。これそのものが、私たちが母国語を身につけるプロセスと言っても良いかも知れません。ところが、逆の「『(ある)具体的な名前を持つもの』とは何か」(「犬とは何か」)については、それを経験的に学ぶ機会は多くはありません。
「『チョコレート』はおやつ」、「『ケーキ』はおやつ」・・・ということは日々の生活で経験的に学べるのに対し、「おやつとは何か」を、日常生活を送るうえで経験的に学ぶ機会はほとんどないということです。
　これは「おやつ」に限ったことではありません。私たちは、魚屋の店頭に並んでいる、食べられる海生軟体動物の一つひとつを指さして「これはイカです」と言うことはできても、「イカとは何か」はなかなか言えません。

抽象概念の説明はなおのこと難しい
　このことは、「セキュリティ」についても、そっくりそのまま当てはまります。セキュリティは幅広い意味を持つ抽象概念なので、曖昧性を排した形で、それを説明することはさらに難しいかも知れません。抽象概念について「それは何か」を言うことの難しさは、一例として「色とは何か」について説明することを考えると、お分かりいただけるのではないかと思います。

セキュリティの本質について考える必要性
　私たちは「おやつとは何か」を知らなくても、おやつのためのチョコレートを買ったり、ケーキを作ったりすることができます。これと同様に、「セキュリティとは何か」の本質を考えなくても、カメラやセンサー、ウイルス対策ソフトなど、セキュリティのための機器や技術を扱うことは不可能ではありません。
　しかし、「セキュリティ」を高いレベルで研究し、実現するためには、そのための基盤として、セキュリティの本質についての論考や、深い理解が不可欠です。これは、いわば「セキュリティの哲学」とも言えます。本コラムでは、折に触れ「セキュリティとは何か」「安心とは何か」について考えていますが、その理由の一端がお分かりいただけるのではないでしょうか。

（参考)
・安心豆知識「「平穏な日々の生活」が続くことこそ大切」
・安心豆知識「セキュリティの原点を改めて考えよう」
・安心豆知識「安心への第一歩」

セコムＩＳ研究所
リスクマネジメントグループ
甘利康文