梶田さんは蔵を継いで始めて、父の偉大さに気付いたという。

−この歴史ある醤油蔵を継ごうと思ったきっかけは何ですか?

梶田さん:大学を卒業して流通業界に入り、それなりにキャリアも積んで楽しくやっていたので、まさか自分が蔵に入るとは思っていなかったんです。でもある時、実家に帰って小さい頃のことを急にあれこれと思い出したことがありました。それは、父の働く姿でした。父は朝早くから夜遅くまで働いて、この伝統ある蔵を守ってきた。その苦労を間近で見ていますから、いろいろな苦労があってここまで続いてきた蔵を途絶えさせては申し訳ない、と強く思ったのです。

−ほかに蔵を継ごうと決意した理由はありますか?

梶田さん:私は子どもの頃ひどいアレルギー体質で悩まされてきました。大人になるにつれて体質が改善され完治したのですが、アトピーなどのアレルギー症状は「現代病」と言われてますよね。アトピーはすべての食べ物が無添加だった時代には、なかったはずの病気だと思います。自分のアレルギー体質には食べ物が大きくかかわっているに違いない、と思い、昔ながらの本物のお醤油を作って、少しでも安心な"食"を提供していくことが自分に与えられた使命だと思ったのです。

−それで、蔵に入ってすぐに無添加の丸大豆醤油の生産を始めたのですね。

梶田さん:蔵に入るために実家に戻った時には、すでに「大豆と小麦と塩だけを使った昔ながらの安心して使える醤油」のコンセプトはアタマにあったので、父に「つくってみたい」と申し出ました。いい原料を集めて、妥協しない製法で、いい醤油をつくれば売れるはずだ、と思っていたのですが、最初はまったく受け入れられずに打ちのめされましたね(笑)

−自信満々だった鼻をへし折られたわけですね(笑)

梶田さん親子だけでなく、
熟練の職人たちによって醤油は作られる。

梶田さん:これまで父や祖父がつくってきた醤油に地元の皆さんは満足されていたので、値段を言うと「そこまで高いのはいらない、いつもの醤油でいい」と言われてしまって。父がこれまで積み上げてきた製法で作った醤油は確かにおいしいので、敗北感いっぱいでした(笑)それと共に、父の偉大さも身に染みてわかりましたね。ですが、徐々にこの醤油ならではの品質や味わいを評価してくれる人が出てきて、何とかここまでやってくることができました。

子ども時代の体験からも、丸大豆醤油への思い入れが強い梶田さん。
丸大豆醤油をより良いものにするための努力は続いています。