防災・防火 2011年09月12日

第61回 3.11 東日本大震災を振り返る 〜あの時、どうした?〜

こんにちは。3月11日に発生した東日本大震災から、昨日、9月11日でちょうど半年が経ちました。改めて、被災者の皆さまに心からお見舞い申し上げます。そして、皆さまの安全と一日も早い復旧・復興をお祈り申し上げます。
新聞やテレビで日々復興に力を注ぐ被災地の様子を見ると、逆に私たちが勇気や元気を与えていただいているように感じていますが、これからも、私たちにできることを考え、少しでもお役に立てるよう行動していきたいと思っています。

2011.9.12更新

3月11日午後2時46分、私たち「セコム働く女性の安全委員会」のメンバーは、全員が東京都内にいました。首都圏をも襲った大きな揺れは、交通機関がマヒするなど、大きな混乱を招きましたが、私たちは幸いにも大きなトラブルもなく過ごすことができました。この経験を今後に生かすため、今回はメンバーの実体験をご紹介します。そのとき、私たちの取った行動や役に立ったことが今後の参考になればと思います。

交通機関がストップ・・・徒歩で帰宅したA子

外出先から会社に戻ったA子。エレベーターを降りた時、強い揺れを感じ、急いで自分のデスクに。職場の同僚とともに、机の下にもぐり安全を確保しました。揺れが収まり、テレビをつけると、地震に関するニュース一色でした。そして、携帯電話も固定電話も非常につながりにくい状況が続きました。

交通機関がストップ・・・徒歩で帰宅したA子

自宅は会社から数十キロ離れた場所にあるためとても徒歩で帰れる自信はありません。そのとき、兄弟が会社の近くに住んでいることを思い出しました。メールや災害時伝言サービスで兄弟やほかの家族と連絡を取り、自宅には帰らず、兄弟の家に徒歩で向かうことを考えました。

兄弟の家の住所を手帳に控えていたため、まずは会社から目的地までの地図を用意し、周辺の地理に詳しい先輩に道順を教えてもらいました。そして、大きくて明るい道を通って帰れること、距離もそれほど遠くなく、徒歩で向かっても体力的に問題ないと判断し、上司に報告の上、徒歩で兄弟の家に行くことにしました。

依然、余震が続いていたため、職場に準備してあったヘルメットをかぶり、デスクにあったお菓子とペットボトルの水をバッグに入れ、パンプスをロッカーに常備していたスニーカーに履き替え出発しました。約1時間後、無事に兄弟の家に到着。スニーカーを履いていたとは言え、長時間歩いたことで疲労感はいっぱいでした。

職場に一時避難・・・家族と落ち合えたB子

いつも通りデスクで仕事をしていたB子。そこへ突然大きな地震が。生まれて初めての大きな揺れに動揺し、一瞬動けなかったB子ですが、男性社員の「皆、机の下にもぐって!」の一喝で、急いで机の下にもぐり身の安全確保をしました。

職場に一時避難・・・家族と落ち合えたB子

揺れが収まったあと上司がすぐテレビをつけ、震源地や状況を確認。高層階にあるB子のフロアではキャビネットが倒れてしまいましたが、幸いケガ人はいませんでした。

部署の仲間が手分けして外出中の同僚の安否確認を行うほか、フロアのドアを開放して、避難経路を確保。同時に各自、家族や親戚の安否をメールや災害時伝言サービスで確認しました。B子も、両親や兄弟に連絡し、全員の無事を確認しました。

会社からの「安全に帰宅できる者は帰宅、帰宅できない者は会社待機」という指示を受けを受け、B子は、自宅は会社から遠く、徒歩で帰るのは体力的に無理があること、一緒に同じ方面へ徒歩で帰れる知り合いがいないこと、これから夜になり暗くなることから、会社で待機することを決めました

デスクの中には飲料水やお菓子類を常備していたので、ひとまずは安心できました。また、会社からも帰宅困難となった社員に非常食が配られ、寝るためのスペースも確保されました。

その後も、家族とこまめにメールで連絡を取り続けたB子。数時間後に電車が動き出し、家族の提案でB子のオフィス近くにいた家族と合流することに。電車で家族が勤務する職場へ向かい、そのままその職場に宿泊させてもらいました。家族と連絡が取れ、合流できたことで、安心感が強まりました。

外出先で帰宅困難に・・・その場で一晩待機したC子

メンバーC子は、その日は仕事で先輩社員と外出中でした。大きなイベント会場にいたところ、突然大きな揺れが。展示物やシャッターが大きな音を立てて揺れました。恐怖心から、屋外に出て安全確保をしようと外に出ると、たくさんの人が集まっていました。

C子は即座に携帯電話のワンセグで、地震の規模や震源地を確認。周辺の公共交通機関はすべてストップしており、イベント会場は陸の孤島と化していました。帰宅したいと思ったC子ですが、日没が迫り、気温も下がってきたため、帰宅せずその場に留まることを決めました。

外出先で帰宅困難に・・・その場で一晩待機したC子

同じイベント会場に来ていた同僚と合流し、その後の行動方針を話し合いました。その後C子と先輩は、水と食糧の確保に奔走しました。近くのコンビニは長蛇の列。お弁当はすでに売り切れていたため、一晩しのげる分の飲料とお菓子を買い込みました。一方、同僚は安全に過ごせる避難用に開放された会議室にスペースを確保。会社や家族に安否を報告したのち、イスや、床に敷いた段ボールで、余震が続くなか一夜を過ごしました。

翌朝、鉄道が運行再開したことを確認し、無事帰宅することができました。「帰宅しない」という早めの判断で備えができたこと、仲間と一緒にいたことで助け合えたことで不安を最小限に抑えることができました。

今回の大きな地震に、皆さんそれぞれが取るべき行動に戸惑い、不安を感じたことと思います。私たち安全委員会のメンバーも同じです。
 しかし、普段から安全に対する意識を高く持ち、日ごろの備えをしていたことで、大きなトラブルもなく過ごすことができました。
 いつ、どこで起こるかわからない自然災害。これを機に今後の対策に生かせることは生かし、正しい知識と日ごろの備えをいま一度見直してみましょう。

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大規模災害が発生し、公共交通機関の運行がストップした場合の徒歩での帰宅ルートを検索し、オリジナルの帰宅ルートマップを作成することができます。(提供:(株)パスコ)

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